【出張版】〇〇しないと出れない部屋 KAC20241

橘スミレ

電話ボックスに閉じ込められたと信じさせるまで出れない部屋

 結衣には3分以内にしなければならないことがあった。

 電話ボックスに閉じ込められていると電話先の相手に信じてもらうことだ。

 なぜなら、それがこの真っ白な部屋から出る唯一の手段だからだ。


 〇〇しないと出れない部屋、というものを知っているだろうか。

 ある条件をクリアしなければ出れない、不思議な部屋だ。

 よく二次創作でカップルが性行為を強要されている、あの部屋だ。


 結衣はなぜかその部屋に放り込まれた。

 一人で、いや公衆電話とともにだ。


 まさか公衆電話と致せなどというトンチンカンなお題を出すつもりではないだろうか。

 結衣はそう考え、肩をおとした。


 だが結衣の予想は裏切られた。

 ある意味で助かり、ある意味で助からないお題が出てきた。


 そのお題こそが「電話ボックスに閉じ込められたと電話先の相手に思い込ませること」だった。


 結衣は念の為、扉を調べた。

 電話ボックスの奥にある白い扉だ。

 なんとなくわかってはいたが、押しても引いても開かなかった。

 スライドしてみても開かなかった。

 やはり条件をクリアしなければ出れないらしい。


 結衣は電話ボックスの中に入った。

 中には最近見なくなった公衆電話がある。

 扉を閉じると意外と狭い。本当に閉じ込められそうだ。

 ガラスに青白い顔をした自分が写った。


 公衆電話に向き直るとメモが目に入った。

 乱雑な字で私がかけるべき相手の電話番号と通話料が書かれている。

 10円で15.5秒らしい。

 メモの上に硬貨も乗っている。

 その額120円。ケチ。

 あいにく結衣は今財布を持っていない。


 よって結衣は120円分、およそ3分で相手を騙さなければならないのだ。


「無茶でしょ」


 結衣はへなへなと座り込む。

 ガラス戸が開いて地面に倒れる。


「いたっ!」


 静かな部屋に結衣の声がよく響いた。

 誰かが助けに来ることはなかった。


「本当に一人で閉じ込められているんだ」


 真っ白な部屋にポツンと一人でいると再認識すると急に心細くなった。

 誰かの声が聞きたくなった。


「電話、かけてみるか」


 結衣はなんとなく上手くいく気がした。


 元々演技が得意、と言うわけではない。

 むしろ苦手だ。

 文化祭で劇をするときもずっと裏方にいた。

 一度やってみようとしたことはあったが、友人に大根役者にも程があると言われてしまった。

 

 でも、今は実際に閉じ込められている。

 実際に助けが欲しい。

 それをそのまま伝えればいい。

 つまり演技をする必要がないのだ。

 ただ自分の恐怖を相手に伝えるだけ。

 それならできる気がした。


 チャンスは一度きり。

 結衣は深呼吸をしてから電話をかけた。


「もしもし」


 電話先から声が聞こえた。

 若い女性の声だった。


「助け、助けてください! 閉じ込められて出れないんです!」


 結衣はできるだけ必死に聞こえるように叫んだ。

 受話器を持った手が震える。

 相手の反応を待たずに続けた。


「電話ボックスに閉じ込められたんです」


 受話器を持っていない方の手でガラスを叩く。

 手が痛い。


「助けて。助けて! ここから出して!」


 もう自分が何を言っているかわからなくなった。

 思考はまとまらず、自分の声は意味を持たぬノイズとなった。

 手に汗がにじむ。

 駄目かもしれない。

 そう思った時だった。


「お名前は?」


 妙に誇張されて聴こえた。

 なぜ今名前を聞かれたかはわからない。

 でも何か意図がある気がした。

 相手が私の言葉を信じてくれた気がした。


「佐々木結衣、です」

「佐々木結衣さんですね。必ず助けに行きます」


 それを最後に電話が切れた。

 あっという間に3分が経ったようだ。

 受話器を手放し、地面に座り込む。

 結衣は酷く疲れていた。

 過度な緊張のせいだ。


 電話が切れる直前のことを思い起こす。


「必ず助けに行きます」


 力強い声だった。

 思い出すだけで鼓動がはやくなる気がした。


「いや、これは緊張から解放された反動か。それか吊り橋効果。惚れた腫れたの鼓動じゃない」


 結衣は自分に言い聞かせるように呟いた。

 ガチャ、と鍵の開く音がした。

 ギィィと耳障りな音を立てて扉が開いた。


 そこに電話先の相手が立っていた。


「もう大丈夫ですよ。結衣さん」

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