三分間の相席
国見 紀行
最後の三分間
私には三分以内にやらなければならないことがあった。
けどそれをずっと先延ばしにして、もう一年以上経った。
『次に来ます電車はー 七時十六分発ー 糸切橋行きー』
来た。
私が乗る最後の通学電車。
空気の抜ける音と共にドアが開く。
前から三両目、先頭の扉。
慎重に足を運んでまだ埋まりきらない車内を見渡す。
――見つけた。
いつものボサボサ頭にくたびれた上着。
眺めているのは、きっといつもの小説。
私はそっと近づき、偶然を装いつつ隣りに座った。
『ドァー 閉まりぁす、ご注意くだっすぁい』
ガタガタとけたたましい音を立てながら扉が閉まる。一瞬間をおいて大きく揺れたと思ったら、ようやく電車は発車した。
「おや…… 西野さん」
「大上先生、おはようございます」
揺れに乗じて少し距離を詰めたところを向こうから声をかけてきた。
チャンス。
あと二分もしないうちに他の生徒がやってくる。
それまでに、ずっとひた隠しにしていた思いを届ける。
だって、もう後がないから。
今日は、卒業式だ。私の。
引きこもりがちだった私が学校に来れるようになったのも、放課後空き教室を貸してくれて勉強を見てくれたのも、おかげで大学に受かったのも、全部大上先生のおかげ。
断られるかもしれない。
でもそれでもいい。
勇気をくれた先生へ、勇気を返す。
しかし、景色は無情にも半分を過ぎた印であるドラッグストアの看板をすうっと横切っていく。
ああ、もうあと一分もない!
「あの、先生!?」
「お、おう。どうした?」
声が裏返る。
嘘、心臓が飛び出そう。あんなにイメージトレーニングしたのに。正面にすらいない先生への言葉に、声が詰まる。
「きょ、きょ、う……」
「ああ。卒業式だな。よく頑張ったよ」
先生が本を閉じた。電車の揺れる音の中で一際響いたその音は、次の駅に到着するという車内アナウンスによっかき消された。
だけど私はまだ勇気が出ない。視線だけ先走り、先生の目と口を激しく往復するばかりだ。
『まもぁく〜 扇谷〜 扇屋〜』
ぐわんと揺れる車内。触れ合う肩。
そのとき、耳元から声が聞こえた。
『話があるなら、式が終わってからいつもの教室で待ってる』
私の戦いは、ロスタイムに入った。
三分間の相席 国見 紀行 @nori_kunimi
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