※プレゼント

草凪美汐.

 プレゼント


 キミには3分以内にやらなければならないことがあった。


 いや、ある。

 今、

 あっ、もう10秒過ぎた……

 どうしてこんなことに――。


 パワハラ気質の上司に買い物を頼まれた。

 付き合いの長いクライエントは甘党で、いつも好みの洋菓子店のケーキを用意していたが、近くにあったその店舗が、一昨日移転した。

 多分、誰かしらが、報告していたはずだが、「聞いてない」「どうするんだ」「何やっているんだ」と静かに罵倒。声を荒げなければパワハラはセーフと思っている。別の同じランクの店のケーキを、ちゃんと用意しているのにだ、まったく。


 今回は違う案件のサポートチームに入っていたので、関わらずに済んで安心していた。背中で嫌な空気を感じなからも、明日の会議の資料を整理する。

 だがわざとらしく、離れた席から呼びつけてこう言った。

「忙しい時に悪いな、こういう事は、お前にしか頼めないんだよ」


 ズン。


――ああ、まただ、いつもの胃の不快感。 



 タクシーで一番近い店舗に向かい、少し並んだが目当てのケーキを確保。そのまますぐ帰りたかったが、急にお腹が痛くなり、近くの雑居ビルのトイレに入った。ふうっ、間に合ってよかった。

 身支度を整えて、個室から出る前に、ずっと視界に入っていたをどうしようかと考える余裕ができた。


 目の前の壁掛けフックに可愛らしい手提げ袋が引っ掛かっていて、『Present for you.』とリボン型のシールが貼ってある。

 トイレの個室、まず不審物を疑うのが正しかったと思う、今思えば。

 それよりもゲスな好奇心と、上司へのストレスが重なって、あまり躊躇せずに手提げ袋を手に取ってしまった。


 カチッ、とスイッチが入るような音がした。


 中を覗き込むとハート型のメッセージカードが、ケーキの箱の上にあった。

 悪いとは思いつつ、メッセージカードを取り出して、中身を見た。


『Dear 勇者

 あなたはヒーローです。箱の中の時限爆弾のどちらかの(赤・青)コードを切って、世界を救いましょう。残り3分以内に解除してください。そのまま個室から出ようとすれば、すぐ起爆します。』


 叫び声を上げたつもりが、恐怖に間に合わず、空気の漏れた変な音が出た。

 おい、うそだろ、こんな……いたずら?

 便座にゆっくりと座りなおして、膝の上に乗せた紙袋に耳を傾ける。一定のリズム音が微かに響く。さっきの『カチッ』てあれが……じゃあ、今、残り……

 

 中のケーキの箱は上から開くタイプのもので、急に冷たくなった指先で、そっと開く。  

 小さなハサミと黒い塊が入っている。

 塊の上にデジタル時計の画面がくっついて、もう2分を切ろうとしている。

 左右に赤と青のコードが1本ずつ中に繋がっているようだ。


 オモチャ?

 オモチャだろ、いや、ドッキリだ、テレビ番組の、な、どこかにカメラが仕込んであって……ハハハハハ……もういいよ、すげえ、びっくりしたよ。ほら、もう出てこいよ、終わり、終わりだって…………終わりなのは……へっ


 全身から冷や汗が止まらない。

 2分はとうに過ぎた。

 なんでこんな目に――。


 ケーキなんて何でもいいだろ、クライエントだって、もう飽きてるのに付き合ってくれているだけかもしれないじゃないか?前例がないからって何度も企画潰しやがってバカ上司が、お前の長期出張の時に、別の上司を頼って通った企画が好評だったのを根に持ちやがって、地味な嫌がらせや面倒ごとを押し付けて、今日だって、くそっ、くそっ。


 ああ、1分切ったじゃないか。

 恐る恐る、ハサミを取り出す。

 顎から汗が一滴、汗ばんだ手の甲に落ちた。

 赤も青も嫌いだ。

 だが、見る限りコードは赤と青のみ。

 どちらかを切るしかないのか?


 30秒を切った。

 どっちだ、どっちを切ればいい。

 今日のラッキーカラーは?

 映画やドラマではどっちの確率が高い?


 20秒を切った。

 汗が目に入って、視界が滲む。

 やっぱり、こんなの悪趣味な、いたずらだよ。

 簡単に爆弾なんて作れる、はずないじゃなか、ははっ


 10秒を切った。

 …………っ

 切ればいいんだろ、切れば、馬鹿野郎!

 震える指でコードを抑えて、ハサミを入れた。



 ブチッ――――――。

 


 残り3秒で時計は止まった。

 

 人生で一番深い息を吐いた。

 腰が抜けて、力が入らない。

 どうやら生きているみたいだ。

 …………そうか、生きてるか。



 気を取り直す時間を十分にとってから、箱の中をもう一度覗き込んだ。さっきは気づかなかったが、おみくじのように丸まった紙が入っている。


 『解除おめでとう。これは勇敢なあなたへのプレゼント。タイマーの再設定の仕方は次の通り…………〈中略〉……………この爆弾には、もう解除方法はない。』



 キミは手提げ袋を大事に抱えて、ドアを開けた。







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