こんな魔法のような夜に

きひら◇もとむ

第1話 年下の先輩

「というわけで今夜は幻の流星群が見えるかもしれないんだよ」


午前十時のサービスエリア。

僕は同期の今泉とコーヒーを飲んでいた。

今日から一泊二日の社員旅行。我が営業部総勢三十四名で行き先は蓼科のホテル。住まいの近い者がそれぞれまとまって車で現地に向かう。その集合場所がこのサービスエリアというわけだ。


今夜はかつて大出現があったといわれる流星群の極大日。とは言ってもそれは百年以上も前の話。

わざわざ遠征するほどではないと思うが、社員旅行で蓼科まで行くのだから見逃す手はないだろう。


熱く語る僕の横で全く興味の無さそうな今泉はズズズと音を立てながらコーヒーをすすった。


「流星群もいいけどそれよりも俺は美希ちゃんとお近づきになりたいのだよ」

「美希ちゃんて誰?」

「そんなこともわからんのか?二課の橋本ちゃんだよ。お前相変わらずそーゆーとこ疎いのな。今はまだいいけど気がついたら五十、六十でいつか孤独死しかねないぞ。そうは言ってもお前だって気になる子ぐらいいるだろ?」

「えっ?そ、それは……」


僕が口籠っていると背後から可愛い声がした。


「おはよーございます」


振り返ると噂の橋本ちゃんがキラキラした笑顔で歩いてきた。


「橋本ちゃーん、おっはよぉー!あれ?なんか今日はいつもよりさらに可愛いね」

「またー、今泉さんたら褒め上手なんだからー。そんなこと言っても何にも出ませんよぉ」


そう言う橋本ちゃん。

この子は頭の回転も早くて器量も良く、何よりもいつもニコニコしていているので我が部のマスコット的な存在だ。笑うと出来る左のエクボに魅了されている男性社員もたくさんいるらしい。この僕でさえそんな噂を耳にするほどだ。


「いやいやいや、仕事の時とは全然違う服装がまたいいねぇ。橋本ちゃんは可愛いから明るい色がよく似合うんだよなぁ」

「せっかくの旅行ですから少しはおめかししないとです。このジャケットは今日のために買ったんですよ。どうです?似合ってます?」


両手を上げて少し縮こませ萌え袖気味にすると腕を広げてくるりと回ってみせた。


「くぅ~!地上に降りた最後の天使みたい」


悶絶する今泉。


「ところでお二人で何を話してたんですか?」


橋本ちゃんが僕に訊ねる。


「あぁ、実は今夜ね、」


僕が話し出すと今泉が口を挟んできた。


「幻の流星群が見られるかもしれないんだってさ。まぁ百年以上観測されてないらしいから、ホント幻だよね。それよりも夜は宴会だから俺と一緒に楽しい酒を飲もうね」


すると橋本ちゃんは聞いているのか聞いていないのか、今泉の背後に向かって手を振った。


「あ、京子さん、こっちこっち!」


彼女の視線の先に目をやると女の子がこちらに向かって歩いてくる。


「今泉さん、三上さん、おはようございます」


彼女はペコリと頭を下げた。

この女性は上山京子さん、僕らの一期先輩だ。でも短大卒なので歳はひとつ下、いわゆる年下の先輩というやつだ。だからだろうか、後輩である僕たちに敬語で話してくる。

いつも冷静であまり感情は出さないタイプ。でも去年の冬に僕が仕事でミスして落ち込んでた時に『三上さんなら絶対絶対絶対に大丈夫です!いつもあんなに頑張ってるんですから』と熱い言葉とココアを淹れてくれたりして。


それ以来、僕はそんな上山さんのことがとても気になっていた。


「え?上山さん?どしたんですか、その色付きメガネは?なんかリゾートっぽいですね」


振り向くなり今泉が声を上げた。

いつものメガネと違って薄っすらと色の入ったメガネをかけていた。


「私、目が弱くて海とか山とか紫外線が強いとこ苦手なんです。だからその対策で……。ちょっと恥ずかしいんですけど……」


ちらりと僕に視線を向ける。僕はドキドキして、気のない素振りで缶コーヒーを飲み干した。

彼女のことが気になりだしてから、恥ずかしながらうまく話せない。必要以上に意識してしまい、事務的な仕事の話以外ほとんどしたことがなかった。

趣味の話とか、休日の過ごし方とか、そして恋バナとか聞きたいことは山ほどあるのに、だ。

『今日は寒いですね』

『雨降ってきましたよ』

頑張ってこの程度。上山さんに対しては残念なことに拗らせ中学生男子ほどの戦闘能力しか持ち合わせていない僕なのであった。

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