よくある放課後の呼び出し

五色ひわ

お題「書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』」

 俊也としやには三分以内にやらなければならないことがあった。電車の出発時間が迫っているのだ。田舎町なので、それを逃すと一時間は待つことになる。昨日も親に迎えに来てもらったので、二日連続は頼みにくい。


 ここは俊也の通う高校の旧校舎だ。元々部活にしか使っていないため、一部の者しか来ない場所でもある。下校時刻ギリギリなのもあって、行き交う生徒は一人もいない。


 俊也は目の前で沈黙する彩音あやねを盗み見る。時間がなくてソワソワしてしまうが、相手が彩音なので邪険になんか絶対にしたくない。


「僕を呼び出したのって彩音なの?」


「うん。あのね……話があるの」


 彩音に睨みつけられながら言われたのが10分ほど前。肝心の『話』は、まだ聞けていない。

 

 俊也はチラリとここに来る原因となった手紙に視線を落とす。


【俊也へ 放課後、旧校舎の階段下で待つ】


 達筆だとは思ったが、まさか女性の字だとは思っていなかった。因縁をつけられることが多いので、男からの嫌な呼び出しだと思っていたのだ。人がいる時間に行くと殴った事がばれるので、下校時刻近くまで図書館で時間を潰してしまった。 


 相手が彩音だと分かっていたなら、すぐにでも飛んできただろう。甘い期待も過るが、手紙の文字や彩音の態度からは、どう考えても良い話だとは思えない。


 何か怒らせるようなことをしただろうか?


 俊也は彩音を見るが、ついその背後にある時計に視線がいってしまう。教室に置いてきた鞄をとってきて、駅まで走る。たぶん、間に合わない。ただ、彩音は鞄を持っているのでギリギリ電車に乗れそうだ。


 そろそろ、守衛が旧校舎にも回ってきて学校から出されてしまう。駅のホームは寒い。


「彩音、あと二分で電車が来ちゃうよ。駅まで走れ!」


 俊也は叫ぶように言って走り出す。


「えっ? 俊也はどこ行く気!?」


「教室に鞄があるんだ。すぐに追いつくよ。寒いから電車の中で待ってて」


 頷く彩音に安心して、俊也は教室へと向かった。旧校舎を出ると走るのをやめて静かに廊下を歩く。教室で鞄をとると、のんびりと駅に向かった。たまには駅のベンチで読書をするのも悪くな……


「彩音!?」


 駅の前に着くと、彩音が仁王立ちで待っていた。電車はとっくに出てしまっただろう。


 彩音は血走った目をしていて、近づくと危険だと本能が告げている。仲良くなったのは、お互いに趣味が格闘技観戦だったからだ。まさか、今まで何度も応じてきた『呼び出し』と同じだったのだろうか? 


 俊也は彩音をまじまじと見る。


 俊也は見た目が幼いのに強いため、喧嘩好きの挑戦も受けてきた。負けたことなどないが、彩音が殴りかかってきたら避けられる自信がない。


「私が何で呼び出したのか分かってるんでしょ?」


「ちょっと待って! ここではまずいよ!!」


 彩音が近づいてくるので、俊也は覚悟を決めて歯を食いしばり目を瞑る。間違っても殴り返すわけにはいかない。


「な、何する気なのよ!」


 彩音の恥ずかしそうな声を聞いて恐る恐る目を開けると、彩音の頬が真っ赤に染まっていた。そこでようやく呼び出された意味を正確に理解する。俊也の頬も赤くなっているだろう。



 不器用な二人の馴れ初めは、友人には放課後の旧校舎で告白されたとだけ伝えている。甘酸っぱすぎる電車を待つ一時間の会話は、何年経っても二人だけの秘密だ。


 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

よくある放課後の呼び出し 五色ひわ @goshikihiwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画