第30話『生麦事件・2』

勇者乙の天路歴程


030『生麦事件・2』 


 ※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者





 瞬時に判断した。



 男一人は袈裟懸けに切られて落馬している。こいつは助からない。


 別の男は女性に「Run awey!(逃げなさい!)」と叫び、女性は馬首を巡らせて疾走していく。残った二人はあちこち切られながらも女性が逃げた反対方向に走っていく。女性を追わせないためだろう、わめきながら行列の注意を一身に集めている。


「ビクニ、おまえは侍たちを足止めしろ! スクナは付いて来てくれ!」


「了解!」「お、おお!」


 ビクニは後ろ向きの空中二回転ジャンプで侍たちの前に着地、 少佐の姿だし、なんとか時間を稼いでくれるだろう。


 わたしはスクナといっしょに駆ける! 


 小柄な上にナース服なので、オンブしてやらなければ……と、思ったが、なかなか、ちゃんと付いて来ている。


「スクナ、ガマンメンタムで治せるかい?」


「まかしといて! ガマンメンタムも効くけど、スクナの治癒魔法はレベル99だからね!」


「おお、それは頼もしい。あ、あれだ!」


 一里塚を過ぎたっところで、馬と一体化した男の姿が見えた。


 馬と一体化と言ってもケンタウロスというわけではない。出血が多いのだろう、馬の首にすがるように伏せて動かなくなっている。もう一人は、なんとか逃げおおせたのだろう、姿が見えない。よし、この男を助けよう!


「あ、落ちる!」


 スクナと同時にダッシュして、落馬寸前の男を抱えて杉木立の後ろに運ぶ。


「き、君たちは……?」


 苦しい息の中、わたしたちのことを訊ねる男。意識はあるんだ、助かるだろう。


「通りがかりの者です。まず、止血をします……」


 男のシャツを破って止血帯にしようと思ったが、スクナが包帯を出してくれる。


「じっとして、回復魔法をかけるから……大地に満ちたる命の息吹、この者の傷を癒し、命の火を繋ぎ留めよ……」


 詠唱とともに両手で〇を作ると、〇の中から光が出て、男の傷を照らして、みるみる傷口を塞いでいく。


「君は……ナースかと思ったら、魔術師なのか?」


「もう少しで、失血した血も復活するから、大人しくして……」


 ヤガミヒメの館からこっちの印象と違って、ものすごく真剣な様子に、ちょっと感動する。

 そう言えば、エプロンを取れば黒を基調としたナース服は修道女に通じるものがある。 


「……よし、これで、八割がた戻った」


「全部戻さなくてもいいのか?」


「あとは、ちゃんと食べて寝て、自然に直した方が体にいい」


 おお、やっぱりしっかりしている。


「あ、ありがとう、もうここで死ぬんだと覚悟したところだった……あ、女性の方は!?」


「だいじょうぶ。もうひとり仲間が助けに行っている。女性は無事に逃げたと思う。男性の一人は傷は負っているが助かると思う。落馬した一人は残念だが……」


「そうか……いや、ほんとうにありがとう。あやうく、この世界線で死ぬところだった」


 世界線?


 わたしもスクナも手が停まった。この時代の人間に世界線の概念などあるはずがない。


「君たちも違う世界線から来たんだろ? 君は円卓の騎士のようなナリだし、このお嬢さんはナースのナリはしているけど、魔術師のようだ」


「あなたは?」


「ジョン・タイター」


「え……ジョン・タイター!?」


 スクナは「え?」という顔だが、わたしは包帯を巻く手が停まってしまった。


 


☆彡 主な登場人物 


中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者

高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま

ビクニ        八百比丘尼  タカムスビノカミに身を寄せている半妖

原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長

末吉 大輔       二代目学食のオヤジ

静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒

ヤガミヒメ      大国主の最初の妻 白兎のボス

スクナ        ヤガミヒメの新米侍女

因幡の白兎課長代理   あやしいウサギ

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勇者乙の天路歴程 武者走走九郎or大橋むつお @magaki018

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