第10話『草原(くさっぱら)を行く』

勇者乙の天路歴程


010『草原(くさっぱら)を行く』 





「ビクニが来てくれて正解だったよ」


「でしょ」



 これだけで通じた。



 歩けども歩けども草原。これが北海道あたりの草原なら趣もあるんだろうが、ただの草原。


 ちなみにルビを振るとしたら「くさはら」で、けして「そうげん」ではない。


「ですよね、安達ケ原とか曽我兄弟が仇討ちをやった富士の草原(くさっぱら)のイメージですね」


 八百比丘尼だけあって、例えが古い。


「新しいことも言えますよぉ」


「ほう、どんな?」


「安出来のオープンワールドゲーム。アンリアルエンジンとか使って高精細なんだけど、どこまで行っても同じ原っぱ」


「あはは、あるねえ、某無双ゲームとか」


「おまけに、ここは見通しがきかないから、うっかりしていると同じところに戻って来てしまいます。砂漠や吹雪の中を歩いていると、人が通った跡を見つけて、それが自分の足跡だったみたいな」


「ああ、輪形彷徨癖現象だねえ」


「ええ、人間は右と左では微妙に足の長さが違うんで、起こる現象ですね」


「そうだねぇ、人生もそうだ、グルッと周って同じところに戻ってきたりする」


「ふふ、先生、最後の勤務校が自分が卒業した学校でしたものね」


「ははは、最後は教え子の校長に見送られてしまった」


「歴史もそうです、グルグル回って、ここはいつか来た道」


「どこかで聞いた言い回しだねぇ」


「ふふ、軍靴の音が聞こえるとかね……そんな次元の低いことじゃなくて……いえいえ、旅はまだ始まったばかりですから」


「ビクニは、ほんとうに800年生きてきたの?」


「あ、八百屋とか八百万の神々とかといっしょです」


「そうか、いっぱい生きてきたということの言い換えなんだね」


「先生は、幾つの歳から記憶がありますかぁ?」


「そうだねえ……皇太子殿下の、ああ、いまの上皇陛下の結婚式パレードはテレビで見てた」


「え、お金持ちだったんですね。昭和34年ですよ」


「いやいや、隣の家で見せてもらったんだよ」


「あ、そうなんだ」


「うちにテレビが来たのは、その二年ぐらい後かなぁ……あ、親父にタカイタカイしてもらったの憶えてる」


「いいお父様だったんですね」


「いやいや、大正14年生まれなのに、戦争にも行ってないんだ」


「……お体、悪かったんですか?」


「うん、背が低くって、よく病気をしていたなあ……自分じゃ言わなかったけど、親父は、おそらくは丙種だね」


 丙種、説明しなきゃと思ったら通じた。


「大正14年生まれなら、昭和19年の兵役検査でしょうか……でも、よかったですね」


「そうだね、親父が戦争にとられてたら、きっと、わたしは生まれてないよ。まあ、そんな小さくて病弱な親父がタカイタカイをしてくれたんだ。おそらくは三つになったかどうか」


「かわいい坊ちゃんだったんでしょうね(^○^)」


「坊ちゃんかぁ、いまは、あまり言わないね」


「ふふ、八百年ですから」


「そうだね、ボクよりうんとお姉さんだ」


「わたしもね、あまり昔の記憶は無いんですよ」


「昔って、きみの基準じゃどれくらいになるんだろう」


「じつは、気が付いたらタカムスビノカミさまのところに居たんです」


「そうか、きっと、ひどく辛い目に遭ったんだろうねぇ……」


「一言だけ覚えてます……」


「どんな?」


「わたしたちが不甲斐ないばかりに、迷惑かけるわね……そんな感じです」


「ふふ、そうなんだ……」



 もうすこし話を継ごうかと思ったら、唐突、目の前に森が現れた。




☆彡 主な登場人物 


中村 一郎      71歳の老教師

高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま

八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖

原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長

末吉 大輔       二代目学食のオヤジ

静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒

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