第8話『始まりの駅から』

勇者乙の天路歴程


008『始まりの駅から』 





 高校生の頃から五十余年乗り慣れたK電鉄、隣県に入るまでは複々線のはず。それが、列車が発車した後の鉄路は、いまどき我が県ではよほどの郡部にでも行かなければお目にかかれない単線だ。


 それに、駅舎が無い。ポツンと単式地上ホームがあるばかりで、ホームの前後には鉄路が伸びているが、左右は幼稚園の園庭ほどの地面が見えて、その先は草原のようなのだが、茫漠として灰色の闇に溶けている。景色が闇に溶けてさえいなければ、Nゲージのスターターセットを買って、取りあえず組み上げたという感じに近い。


 ホームには年季の入った行先案内板。そこには横長のT字の上に『始まりの駅』とあるのみで前後の駅名は書かれていない。


 そう言えば、ネットの都市伝説にあった『きさらぎ駅』というのがこんな感じだろうか。


 これが夢なら、どう解釈しても悪夢で――夢なら覚めろ――と思う状況なんだが、妙に落ち着いて、わたしが異世界の冒険を始めるのなら、こんなもんだろうという、地味な時めきさえ感じる。


 さて、ここに居てもらちが明かない。


 よく目を凝らすと、草原が微妙に薄くなっているところが見えて、獣道のように、あるいは数カ月前までは人の往来があった跡のような、あるいは、神さまだか仏さまが、せめてもと現してくれた標のようにも見える。


 さて、前に進むか。


 ガチャリ


 駅に着いて装備がグレードアップしたようで、胸甲と脛当てが着いている。


 インタフェイスを開くと『レベル2・勇者の防具』と出ている。


 そうそう、技やアイテムも確認しておかなければ。


 スクロールすると、RPGにありがちなアイテムがいっぱい並んでいて、スクロールしてもキリがない。


 それに、こういうものは覚えられない性質で、ユルユルのベリ-イージーに限るので、たいてい――生き返ってもう一度――的なものでやってきた。


 設定を開くと『おまかせ』というのが出てきたので、過たずクリック。


 得物は……オリハルコンの剣とあって、シャランと抜くと両刃の剣なのだが、日本刀のような波紋が走っていて逞しい。


 さあ、行くとするか。


 草原に踏み込むと鉄路の来し方の方で音がする。


 タタタタタタタタタタタタタタタ


 少し戻って鉄路を見ると、器用にレールの上を走って来る者がいる。


 スカートがたなびいている、女性か?


 わたしの姿を見とめたのか、手を振り始めた。


 小さく手を挙げて応えると、それは、わたしのことを呼ばわった。



 せんせぇーー! 中村せんせぇー!



 え?



 それは、さっき学校へ帰って行ったばかりの静岡あやねであった。


 

☆彡 主な登場人物 


中村 一郎      71歳の老教師

高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま

原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長

末吉 大輔       二代目学食のオヤジ

静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒

 

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