第2話『若宮第二公園』
勇者乙の天路歴程
002『若宮第二公園』
正門を出て65m50㎝。
耐寒マラソンをやる時に測ったから正確だ。
学校南東側の交差点、ここを斜め横断した角に立てば、校舎の二階から上が見える。
アリバイの為に、今は自販機だけになってしまった元酒屋の自販機で缶コーヒーを買う。これを飲んでいるうちは、壁越しに校舎を拝んで感傷に更けられる……と思ったら小銭がない。
プルルン
仕方がないと上体を起こしたところでバイクが停まった。
「先生、いまお帰りですか?」
バイクの主は学食のオヤジだ。オヤジといっても二代目。
先代そっくりの髭面が目尻と口元にしわを寄せる。
「アハハ、歳なんで、ちょっと休憩中」
芸の無い返事をすると、オヤジはバイクを歩道に上げて、後ろに積んだケースから紙パックのお茶を出して、グイッと突き出す。
「どうぞ、こんど入れようと思ってる試供品です」
「あ、すまん、ありがとう」
「学食の収入源は自販機ですからね、季節や需要に合ったものを入れんと儲けになりませんからねぇ」
「ああ、昔に比べたら生徒数は半分だもんなあ。まだ、やっていけそう?」
「なんとか西校と掛け持ちで」
「そうか、近ごろは学食止める学校も出てきたから、がんばってね。高校は、やっぱり学食と購買部が無いとね。中学と変わらなくなっちまう」
「あ、購買も四月からは、うちでやるんですよ」
「え、岸田のオバチャン、辞めるのぉ?」
「アハハ、僕らにはオバアチャンですけどね、階段下の購買は体に堪えるんで、引退だそうです」
「あ、あ、そうか……オバチャン、俺よりも年上だったなあ、挨拶しときゃよかった」
「あ、先生も?」
「あ、うん。荷物整理したら、このバッグ一つで間に合った」
「いや、申しわけない。気が付かなかった。どうも、長年ごくろうさまでした」
「あ、いやいや、退職そのものは10年前に済ませてるからね。あ、そろそろ学食開く時間でしょ」
「あ、じゃあ、また近くに来たら寄ってください」
「ありがとう、お父さんによろしくね」
「じゃ、失礼します!」
ブルルル~~ン
バイクが行ってしまうと、自販機の前で紙パックのお茶を飲んでいるのも決まりが悪く、もう、このまま駅に向かおうかと歩き出した。
あ、この公園。
次の四辻に行くと、取り壊し中の民家の向こうに公園が見える。
手前に家があったので、普段はほとんど忘れている。
もらったパック茶を飲んでしまおう、この公園からでも校舎は見えたと思うしな。
若宮第二公園……くすんだ石柱に半ばゴミ収集場所を示す札に隠れた印刻の文字に気付いて、そういう名前だったかと思い出す。
学校の近所だから、一度や二度は来たかもしれない。たしかに、園内の楠や奥まったところが一段高くなった様子には見覚えがある。
そうか、学校が荒れていたころ、校外パトロールで立ち寄ったことがあるのかもしれない。
三カ所ほど遊具が設置されていた跡も見えるが、撤去されたあとに更新もされていない。その分、ベンチが三つ設えてあって、公園というよりは、散歩途中の休憩所という感じだ。
真ん中に『野球、サッカーなどの球技を禁じます』と、野球をやったらピッチャーマウンドのところに看板が立ててある。子どもには魅力のない空間だ。
少し駅寄りに学校の敷地ほどに大きい若宮公園があるので、こっちはオマケのようなものだろう。年寄の憩いや保育園児のあそび場には向いている。
振り返ると校舎も上の方だけだが見えるから、ま、ここでいいか。
どっこいしょ。
木の下のベンチに腰掛ける。
サワサワと、葉の戦ぐ音に包まれて、意外に心地よかった。
☆彡 主な登場人物
中村一郎 71歳の老教師
原田光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉大輔 二代目学食のオヤジ
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