4.4 消し炭

4.4.1 神様

 〝それ〟とはなにか。『僕はそれを望んではいない』の〝それ〟とは。

 僕の頭の中はあれ以来、神様らしき存在から告げられた〝それ〟に支配されていた。


 あの後、僕は、魔石を握らずにシクロを顕現させ、ニールさんの援護のもとに、鈍く光るダークグレイのナハト・ルーエで巨大なクマのケモノを滅した。

 スモールソードでは自在法剣よりはかなり短くなるため不利にはなるが、あのタイミングでの〝それ〟なのだから、魔石によるシクロの変化を望んでいないと考えるのが妥当であろうし、ヒトの神様がヒトの敵であるケモノを倒すことを望んでいないなどとは、到底思えない。

 だから、僕が下した〝それ〟についての結論は、何度考えてみたところで、やはり魔石とシクロの融合ということになるのだが、何故はっきりと言ってくれなかったのかと、釈然としない部分は残っていた。

 或いは、僕の魂の器たちが神様に押し付けられていた、あのノートでもあれば〝それ〟のことも書いてあったかもしれないが、あの高そうな葡萄えび色のノートは、どこを探しても出てこない。

 結局、神に頼らずに「自分で考えろ」と、そういうことなのだろうとも思う。それはそれで、ヒトに願いを託され、頼まれるからこその神様ではないのだろうかという、ある種の疑念も湧きあがるのだが。


「あー、おはようさん」


 僕の些細な悩みなど関係なく、今日は地下のブリーフィングルームにイビガ・フリーデ帝都支部のメンバーほぼ全員が集められた。

 クライトン支部長の表情は、気のせいかも知れないが、どこかいつもと違うように見える。

 話の内容は、最近の襲撃に関して思うところがあって、改めて用心するようにと注意を促すのだと思っていた。


「俺から話すことは、三つ。一つ目は、昨晩、ニールが何者かに襲撃された。少し負傷したが無事だ。任務に支障はない。二つ目。ケスティルメからの指示は、相変わらず無いも同然だ。三つ目。お前らも気を付けろ。以上だ」


 支部長は淡々と話した。

 僕はそれが、多分、気に入らなかった。

 だから、抑えようとしても声が大きくなってしまう。


「支部長。仲間がどんどんやられているっていうのに、どうしてそんなに平然としていられるんですか」

「……あん?」

「おかしいじゃないですか。どうして本部も支部長も、ヴィエチニィ・クリッドに報復をしろと言わないんですか。一言、やれと命令してくれればいいんです。あんな奴ら、すぐにだって」


 冷えていたブリーフィングルームは途端にざわめき始め、しかし、支部長が話し始めた瞬間に静まり返った。


「お前、犯人がヴィエチニィ・クリッドの奴らだと本当に思っているのか?」

「思って……あれ?」

「……そういうことだ。三人はわざわざ刃物で切られていて、おまけにロザリーもニールも顔を見ていないって話だ。ヴィエチニィ・クリッドのオフチャクが犯人である可能性は高い。だけど、犯人ではない可能性もある」

「そんな……だって」

「だってじゃねえよ」


 それから支部長は溜め息を吐き、顎を触りながら言う。


「はー……、まったくお前は本当に消し炭みたいな奴だな。ともかく俺の命令は、本部の指示があるまで手を出すな。これだけだ」


 それから一週間。

 襲撃はなく、帝都公安警察の聴取も少ない、ケモノ狩りだけのある意味平穏な日々が流れていたのだが――


「度々すみませんね。帝都公安警察のヴィクトル・エリクソンです」

「同じくダヴィト・フェンツルです」

「こんなに大人数でお出ましとは、随分と物々しいことですな。なにか大きな事件でもあったのでしょうか?」


 応対するエレン・シャーヒン司教の言う通り、今日の公安警察は捜査官二人の他に、少し盛り上がった鉄兜をかぶった制服警察官の姿も見え、いつにも増して緊張感が漂っている。


「まあ、大事件というほどではないんですがね、ここだけの話なんですが、この一週間でリヒト教の関係者が、何者かに刃物で切りつけられる事件が起きてましてね。それも立て続けに」

「……それで我々を疑っていると?」

「いやいやいや、まさかそんな。私は微塵も疑ってませんとも」

「それではなぜ?」

「なに、このタイミングですからねえ。神様たちの報復がエスカレートしちゃあまずいなと、そう考えたんですよ、上が。上が決めたことなんで、私らみたいな下っ端が覆せるわけもない。そういうことで、ここは一つ、ご協力をお願いしますよ。私たちに守らせて頂きたい。それにほら、何せ私らは帝都公安警察だ。宗教だの邪教だのといっても、事件は事件で、法律で始末を付けなきゃならないものでしてでね」


 そんなものは方便で、これは監視なんだと、きっとその場にいた誰もが思ったことだろう。その証拠とまで言えるかどうかは分からないが、その後の聞き取りは、以前よりもずっとしつこかった。

 それにしても、である。

 よくぞやってくれたという思いと、いったい誰がやったのかという気持ちが混ざり合い、そして僕もシェスト教の関係者がやったのだろうなと思うのだった。

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