4.3.3 二人

 今日は二人。

 ギュンターの訃報とジェイニー・ロザリーの事件から一夜明け、大聖堂には昨日の約束通りに帝都公安警察のヴィクトル・エリクソン警部補と、それからもう一人。眼鏡の奥に青い瞳を覗かせる長身痩躯の男が訪れていた。


「こいつは俺の部下だ」

「巡査長のダヴィト・フェンツルです。二人もいてご面倒でしょうが、よろしくお願いします」


 けれど、真面目で物腰も柔らかそうな、この茶色の横分けの男に対する皆の視線は鋭い。


「ハレ大陸の北部山岳地帯の名前じゃないですか。大丈夫なんですか?」


 目つきの鋭さのままに、重い声でそう言い放ったのは、クライトン支部長だった。

 ハレ大陸の北部山岳地帯とはつまり、リヒト教の総本山があり、世界で最もリヒト教信者の人口密度が高い地域である。その地域の名前なら、リヒト教の、それも熱心な信者がシェスト教に乗り込んできたと疑われるのも当然だ。

 けれど、ダヴィト・フェンツルは笑顔を浮かべたまま反駁する。


「あははー。ご安心ください。私のご先祖様はリヒト教が大嫌いで、ウミヴァドゥロを飛び出してきた反リヒト教ですから。ま、その影響ですっかり神を信じていないんですけどね。あははー」

「それなら安心だな」

「おや、あなたとは気が合いそうだ」

「そりゃどうも」


 ウミヴァドゥロとは、リヒト教の総本山があり、代々のウチテル教主が統治する町である。遥か昔に星が落ちて出来たと言われる、すり鉢状の盆地に築かれた壮麗な都だと聞いているが、僕はもちろん、僕の魂の器たちも訪れたことはない。ビュークホルカ共和国の建国戦争後に世界を放浪した勇士セルハンも、ウミヴァドゥロには行かなかった。少年神への義理立てではないだろうが、なんとなく気が進まないことが、器にも伝わってしまったのだろう。

 だが、このフェンツル巡査長の言動を見ている限り、やはり行かなくて良かったのではないかと安心する。彼が本当にリヒト教側の人間でないかどうかは、どうでもいいくらいに。

 今は彼の素性など本当にどうでもいい。ヴィクトル・エリクソンのようにくたびれたジャケットとズボンを着こなす人間がリヒト教の関係者であるとは考えにくく、フェンツルが小綺麗といっても、ヴィクトルの部下である以上は、変なことはしないだろう。

 そうしてギュンターについて聴取されたことも、やはり昨日と変わりなく、アリバイや交友関係に関するものだった。

 何者かに切り付けられ、浅いながら傷を負ったロザリーについても、当然、同じことを聞かれたのだが、やはり彼女の場合には逆恨みの線を考えているようで、男性関係について何かトラブルはなかったかしつこく聞かれた。


 やがて半日ほどの長い聴取が終わった後、皆と話した限りでは、ニールさんと同様、多くの人がリヒト教の奴らがやったに決まっていると答えたらしい。その憎しみが、自分の中の黒靄を増幅させることも忘れて。

 だから支部長は、わざわざイビガ・フリーデのミーティングで指示を出した。


ケスティルメ本部からの指示があるまで、間違ってもヴィエチニィ・クリッドやリヒト教の連中に報復するような真似をするんじゃねえぞ。俺たちが狩るのはヒトじゃねえ。ケモノだ」


 だけど、この感情をどうして抑えられるのか。

 真っ黒な喪服に着替えたギュンター・アルデンホフの妻が、文字が刻まれた石の前ですすり泣く。彼が死んだことも分からない幼い娘が「パパのところに帰ろう」と無邪気にねだる。そんな光景を見れば誰だって。



 *  *  *



 それからしばらくして、ジェイニー・ロザリーは職場に復帰し、ギュンターはもう二度と復帰しない。

 それでも月の満ち欠けは変わらずあり、イビガ・フリーデ帝都支部のヴェヒターは、日々発生するケモノの駆除に追われる日々だった。

 勿論、僕もヴェヒターである。どれだけ悲しくとも、ヒトの敵を葬るためには休んでなどいられず、そろそろ五月を迎える今夜も、エリーヌさんと共に第三区画で多く発生したイヌ型のケモノを狩っていた。


「こちら、残り僅か」

「こっちは三だ」


 薄っすらと蒸気が立ち込める中、エリーヌさんと声を掛け合い、襲い来るケモノにシクロの刃を突き立て、或いはシクロの弾丸を放ち、滅していく。残り四体ほどとなったところで、イヌ型のケモノは向かってくるのを止め、ぐるぐると囲むように歩き始めた。

 ならばと、左手のリボルバーで視界に入ったものから撃つのだが、残り二匹となったとき、「囲め、ヴィエゼニ」との声がどこからともなく聞こえ、目の前が突然白く光ったのだ。

 ケモノ二体が近い距離にいたところで上下に現れたその光は、互いに引き合うように手を伸ばし、じきに光の檻が完成した。

 僕は本能的にそれから離れ、周囲を睨むように見渡す。


「久しぶりだな、スヴァンテ・スヴァンベリ。またお前に会えて嬉しいよ」

「グレアム・グッドゲーム……」

「名前を憶えていてくれるとは、光栄なことだ」


 確かに黒靄がうろうろしているなとは思ったが、視覚に頼る限り、グレアムは街灯の光が届かぬ暗い路地からぬっと現れた。その右手には回転式拳銃――確かコンダマーという名前のシクロがあるが、銃口は地面を向いている。


「ところでお前らんとこのが一人やられたらしいな」


 奥歯が軋む。


「……お前が、やったんじゃないのか?」

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