4.2 魔石の事
4.2.1 夢
「まったくお前は懲りないねえ」
包帯だらけのこの身には、クライトン支部長の重低音の声が痛い。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「ん? ああ、気にすることはない。お前は売られた喧嘩を買っただけだしな」
「はい。ところで報告を上げた〝檻〟の件ですが、支部長ほど経験が長ければ、何かご存知ではないですか?」
「あれなあ……俺も一度だけ目撃したことがあるんだが、さっぱり分からないんだよなあ。過去の資料でもたまに出てくるが、なんのためにわざわざケモノを捕えて運ぶのか、どこへ運んでいるのかも含めて一切分からねえ」
「運ぶ……のですか?」
「そうか、お前、すぐに追いかけられたから見てないのか。あの檻はな、ケモノを運べるんだよ。新人オフチャクの練習にでも使ってるんだろうとは思うけどな、俺としては興味もないんでどうでもいいことだ。……だが、そうなるとお前が襲われた理由が分からなくなるな。気付かれたから襲われた、っていうのもあるんだろうが」
「支部長が目撃したときは襲われなかったんですか?」
「物陰からこっそり見てただけだから、オイレン・アウゲンを使ってても気にも留めないだろうよ」
「そういうことでしたか」
「そういうことだ。ところで、今度はどれくらい休むんだ? ベーテル先生はなんて言ってた?」
「三日もあれば大丈夫だろう、って仰ってました」
「そんなら大して影響はないな。早く戻って来いよ。こき使ってやるからな」
支部長への報告も無事に済んだことだし、大人しく施療所に戻ろう。本当は今日一日は安静にするようにと、ベーテル先生には言われていたのだ。露見すればひどく怒られることは目に見えている。
もっとも、足腰は疲れているだけで全くと言っていいほど負傷しておらず、歩行に問題はないのだ。だから僕は、傷口に響かないような全速力で、けれど先生に見つからないように歩くのだ。
「こんなところにいて大丈夫か?」
そんなときに後ろから声を掛けられたものだから、心臓が口から飛び出したかと思うほどに驚いたのだが、振り返ってみれば、そこにいたのはエリーヌさんだった。
「あ、ええ、支部長に昨日の件でお話をしてきたところです」
「歩けるのならば良い。ではな」
「あ、エリーヌさん」
「……なんだ?」
「オフチャクが使う檻って、エリーヌさんは見たことありますか?」
「あれか」
「エリーヌさんも見たことがあるんですね」
「ということはお前も見たんだな」
「あ、はい。それであの檻が気になってしまって、支部長にも聞いてみたんですよ」
「支部長はなんと?」
「分からん、新人の訓練に使うんじゃないかって」
「私も同じ意見だ。興味もないな。用事は終わりか?」
「あー……、僕の白炎なんですけど、どうして特別なものだって誰も教えてくれなかったんでしょうか?」
「グロリアのものを視たことはあるか?」
「まあ、一応。随分と弱々しい炎でしたが」
「それが答えとも言えるな。そもそも教えたところでどうにかなるものでもなく、結局、自分で折り合いを付けながらやっていくしかない。イビガ・フリーデの記録にも、そのように注釈されている」
「自分で……。ありがとうございました」
「ではな」
その後、施療所の個室で資料に目を通しているとき、ギュンターやグロリアなどが顔を見せに現れたのだが、二人は檻など見たこともなく、白い炎のことはさして気にしていなかったという風だった。
だが、グロリアについては「白渡りを経験したことがあるか」と問えば「あります」と言い、「それはどんなものだったのか」と聞けば「言えません」と言う。
言えません、とはつまり、外に漏れ出てしまえば混乱が引き起こされるような、そういう類いの啓示を受けたとみるのが妥当だろう。
なんにしても、僕もシェスト教会の一員である。秘匿されている神の啓示に立ち入るような、不信心かつ無粋な真似をするわけにもいかず、ただ、礼を言うだけであった。
本音を言えば、その啓示に大変興味があるのだが、あの神様のことだから、きっとなにか企んでいるのだろうとも思うし、信心深いグロリアに戯れに未来を見せただけなのかもしれないと、妥協したのである。
* * *
安静二日目の夜、僕は夢を見た。
勇士セルハンが大勢の兵士たちを引き連れ、雄大な丘の亀裂の、その中央に存在していたルスの街を攻めたときの懐かしい夢だった。
薄暗い渓谷には、至る所にケレム・カシシュを始めとした歴代のカシシュ家の当主が作った隠し砦が存在し、人手を割いて一帯を虱潰しにしていた。
戦争というものは、単に数や兵器で優位に立てば勝てるというものではない。それも当然大事だが、何よりも兵卒の気持ち、つまり士気がそれをして優勢であることが肝要なのである。数や兵器の優位はその為にあると言ってもいい。前後から、或いは三方、四方から同時に敵襲を受ければ、余程鍛えていない限りは簡単に瓦解してしまう。
しかし、切り立った峡谷の壁面に作られた
「二時の方角より襲撃!」
「八時より射撃あり!」
「花緑青の魔石で風を、茶の魔石で壁を作れ! 場所を特定し次第、窓を塞げ!」
実際、進軍中に左右から同時に砲撃があったときはかなりの動揺がみられたものだった。
それでもセルハンの部隊は崩れなかった。もちろん、南部の英雄が率いているということや、数や兵器の優位もあったのだが、それよりも魔石を触媒にした魔法の存在が大きかったように思う。
風を起こして矢弾を逸らし、或いは土や岩石の防壁を築く。
皆々、盾で守りながら進んでいる上に、それらを組み合わせれば、命を奪われるリスクが格段に減る。中には運悪く命を落とす者もいたが、それでも魔石があるとないとでは被害が大違いで、それは当然、士気を維持するのにこれでもかと効果を発揮した。
どこか他人事のように、或いはまるで映画でも見ているかのように夢は展開し、そして最後には首だけになったケレム・カシシュが僕に言い放つのだ。「殺せ」、「お前たちは甘い」と。
果たして
いつの間にか僕は天井を眺めていた。
そこにケレム・カシシュの首はない。
夢から覚めたのだ。
そして薄らぼんやりと思った。
魔石の魔法は今も使えるのだろうかと。
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