4.1.5 ハンター
「飛べ、ゲルベ・リベレ」
「滅せよ、リィンカーネイション」
二人の声が、その場に四人いるかのように重なり闇夜に溶ける。
「この細い尻尾。……ネズミか」
「そのようですね。ネズミ型など初めて聞きますが」
「眠れ、ナハト・ルーエ」
僕がそのように唱えれば、顕現させたばかりのスモールソードとリボルバーが、ぼんやりとダークグレイに光りを放っては、ほろほろと解けて消えてゆく。
代わりにオイレン・アウゲンの空間に映るのは、蠢くネズミどもを囲うようにして現れた立方体の箱だった。
けれど未だ不完全。
多くのネズミは箱が完成する前に距離を詰め、その収縮によって消滅したのは五分の一ほどといったところか。
「ギュンター君、任せた」
「承知」
ナハト・ルーエの消滅後、再びシクロが構築されるまでは、やはりタイムラグがある。ここは素直にシクロの扱いが十全な者に任せるのが上策と、ギュンターに声を掛けたのだが、彼が持つ槍とネズミは相性が悪いのではないだろうか。
斯くして、無数の小さなケモノたちが地下水路から側溝に、そして側溝から小さな広場に溢れ出てきた。
ギュンターが素早く槍を薙ぐも、こう数が多くては百回は振り回さなければ足らないだろう。
スヴァンテの記憶によれば、ヴェヒターの中には多数のケモノを狩るのに適したシクロやPBを持つ者もいるようだが、スヴァンテやギュンターがそのような技術を持っていたとの記憶は存在しなかった。
そうなれば、リィンカーネイションが戻ってきた僕にできることは一つ。
ギュンターの足元に群がるネズミに向かって左腕を前に出し、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。
幸いにして、或いは、感情を殺しているお陰か、ギュンターに仮初の弾丸が当たることもなく、また、こちらに向かってくるネズミの動きは単純で、右手の剣で簡単に突き殺すことができた。
それから何時間経っただろう。
肩で息をしたギュンターが最後の一匹を仕留め、寒空に白い息を吐き出した。
* * *
「いよう、スヴァン。報告書、読んだぜ。大変だったなあ」
その日の二度目の夜、帝都支部で待機していると、クライトン支部長が満面の笑みで重い声を響かせ、歩み寄ってきた。
「ええ、まあ、何せ数が多くて」
「だろうなあ。俺もネズミのケモノなんてものは、見たことも聞いたこともねえ。ところで、お前、ハンターに興味があんのか?」
ハンターのことなど僕は報告書に書かなかったはずなのだが、同時にギュンターの人懐っこい顔も頭に浮かんだ。
なお、ヴェヒターもケモノに対してはハンターと言えるのだが、ここでのハンターは文字通りのハンターだ。野生動物を狩り、肉、骨、毛皮などの売買で生計を立てる、あのハンターである。
なぜそれがここで話題になるかと言えば、狂ったように黙々とネズミ型のケモノを駆除した帰り道、偶然、ハンター協会の前に貼り出されていた一枚の紙きれに、僕の目が吸い寄せられたからに他ならない。
その紙きれには、簡単な地図とともに、帝都周辺の魔物の出没情報が書かれていたのだ。魔物、である。傭兵スヴァンのときには何度も目にし、討伐した魔物である。あの時代にはまだハレ大陸にしか存在しなかったはずのそれは、今やヒ大陸の西の端にまで勢力を拡大していた。
そしてこの大陸では、魔物を駆除するのはハンターの仕事になっていた。
あれからもう三百年近く経っているのだ。一般のハンターが使う猟銃でも、あの時代の軍用銃より遥かに威力が高いものも多いのだろう。
じっとハンター協会の紙きれを見て、時の流れに懐かしさと寂しさを感じていたところで、ギュンターには「それはハンターのお仕事です。先輩はケモノ狩りを頑張ってください」と諭されてしまった。
クライトン支部長が知っているということは、その
「ハンターに……興味はありますね。ケモノと何が違うのだろうか、とか」
「ふうん。やっぱりお前は変わったのかも知れないな」
「……でしょうね」
「ハンター協会に登録したいならしてもいいが、報告だけは忘れるなよ。お前が何をやらかすのか興味があるからな」
「精進します」
「まったく、一度死にかけたというのに、生真面目なのは変わらないねえ。まるで消し炭みたいじゃないか。この際、二つ名をスカーフェイスから消し炭にするのも、案外にいいかも知れないなあ。……ま、そんなことはどうだっていい。またお前に任せたい任務がある。今日はもう寝て、明日になったらロザリーの嬢ちゃんから聞いてくれ」
消し炭とは果たしてなんだったか。そんなことを少しだけ思い、そしてすぐに忘れて、疲れた体を施療所の冷えたベッドに横たえた。
そうして気が付けば、もう昼前になっていた。連日の疲れが出てしまったのだろう。
ヴェヒターは夜に活動することが多い手前、遅刻などというものは存在しない。けれど、オペレーターの勤務は特別なとき以外は、教会事務職と同じ朝八時から夕方の四時までである。
任務の内容とジェイニー・ロザリーの都合を考えれば、ブリーフィングの予定を決めるのは、当然、朝が良かったのだ。
支度を整えて事務室で声を掛けたとき、ロザリーの顔がいつも以上に冷たく見えたのは、そのせいもあるのかも知れない。
「今回は調査主体の任務です。一週間ほど前、銃によるものと思われる傷害事件が発生しました。被害者は怪我を負いましたが命に別状はありません。場所は第三区画、通称港湾区の倉庫街と繁華街の中間地点。地図はこちらです。今回の同行者は、エリーヌさんです。すでにブリーフィングは終了しております。何かご質問は?」
「質問はない……です」
「そうですよね。あ、エリーヌさんから伝言です。先に現場を検めているから、起きたらすぐに来い、とのことでした。ご武運を」
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