第12話
濃尾平野の北部に位置する岐阜市は、北に山を控え、南部にはなだらかな平地がひろがる町だ。
駅前の高層ビルの屋上からは、西に伊吹山、東に御嶽山と、冬には雪を被る美しい山並みが見える。
市内にはいくつもの川が流れていて、長良川は市内の人々の心のよりどころといってもいい。
風光明媚な川沿いには、昔ながらの旅館が並び、夏は、鵜飼を楽しむ観光客で賑わう。
まるで観光案内のパンフレットのように説明してくれたのは、美代子さんだった。
美代子さんは、九州から嫁いできたといい、若い頃、ものめずらしさも手伝って、町の特徴を覚えたんだそうな。
「なんてったって、この町のいちばんは、長良川沿いに立つ金華山の岐阜城や」
バス停でバスを待つ間、おばさんたちの間で、地元自慢が続いていた。
「斎藤道三や織田信長がおった城やからなあ。そんじょそここらの山城とはわけが違う」
と、多恵さんが言えば、
「岐阜いうと、世の中の人は飛騨高山ばっかり口にするけど、わたしに言わせたら、飛騨高山なんか山ん中にある田舎や。やっぱり中心は美濃や。岐阜の岐は、分かれるいう字やからな。どこへいくにも大事な場所やったんや」
と、神原さんも唾を飛ばす。
どっちでもよかった。
日本史に興味はないし、得意でもない。
新幹線を名古屋駅で降りで、在来線で岐阜駅に着いたひまりにとっては、岐阜市は名古屋市のベッドタウンにしか見えない。
「あんた、よかったなあ。ガイド付きの仕事は楽なもんや」
澤田さんに肩を叩かれる。
斎藤道三や織田信長がどうであれ、昭和三十年代の吉祥庵を知る手掛かりにはならないのに。
「お、来た」
金華橋行きのバスがやって来て、ひまりは四人のおばさんとともに乗り込んだ。
「いちばん後ろ、空いとるよ!」
神原さんの声かけで、みんな、いそいそと後部座席に進んだ。
なんだか、町内会の旅行みたいだ。
おばさんたちが若い頃には、今からは想像もできないほど賑やかだったという柳ケ瀬という名の繁華街を抜けて、バスは長良川方面に進んでいく。
「あれが岐阜城や!」
澤田さんに肩を突っつかれて、窓の外を見た。
山のてっぺんに、たしかに城が見えた。おばさんたちのガイドのおかげで、ちょっと感慨深い。
あそこに、織田信長がいたのかあ。
静かな城下町といった風情の町並が、山の麓に続く。
やがて、景色が明るくなって、川が見えてきた。長良川だろう。
「ええ眺めやなあ。やっぱりこの辺りは岐阜でいちばんええとこや」
神原さんがため息とともに言い、そうやなあとおばさんたちはそれぞれ感心している。やっぱり町内会の旅行だ。
橋が見えた。手前の橋は長良橋。その先が金華橋だという。
バスは手前の長良橋を渡り、金華橋方面へ向かう。
川を渡って三つ目のバス停が近づいてきたとき、澤田さんにふたたび肩を突っつかれて、ひまりは降車用ボタンを押した。
真由美さんが教えてくれたバス停が、道の先に見えている。
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