第30話

 モンチの母親がソファーに座らないからと言って、オレまで地べたに座るのは流石に違う。なのでモンチの母親の対面になるようにソファーに座り、ズズズッっとコーヒーをご馳走になる。


 「あの娘、やっぱり落ち込んでたかしら?」


 一息ついて、モンチの母親は神妙な面持ちで訊ねてきた。もうすぐ結婚するはずが、相手の都合で急に無くなったのだから、心配するのも無理はない。


 「さあ、どうなんでしょうか……?」


 ただモンチの心情がどうなのかと問われると、ハッキリしたことは言えなかった。正直な話、あまり落ち込んでいるようには見えなかったからだ。


 「そう……。あなた、佐伯さんと仲が良かったって聞いてるけど、どんな人だったの?」


 佐伯について思い返してみても、ネガティブなことはあまり浮かばなかった。善良であり、気遣いも出来る人だった。ただどこか芝居がかっているような不自然さはあった。が、それはオレの個人的な感想でしかない。

 

 「式場の相談をされたくらいの付き合いですが、良い人にしか見えませんでしたけどね……」


 「どうして結婚が破談になったのか、サヤに訊いても要領を得なくって……。何か知ってる?」


 モンチの母親もやはり心を痛めているようだった。結婚するとなれば、佐伯との面識もあっただろうし、親としての準備もしていたことだろう。それが式の一週間前に突然無くなったのだから、遣る方無い思いがあって当然である。


 ただ――自殺――のことや――他に好きな人が出来た――などという話をモンチしていないなら、わざわざオレが言うべきことではない。


 「さぁ、オレにはさっぱり……」


 「そう……」


 何とも歯切れの悪い会話をしていると、トントンと階段を降りる足音が響いた。どうやらモンチが起きてきたようだった。オレとモンチの母親は顔を合わせるようにして押し黙った。


 「あら、起きたの?」


 扉を押し開けて、寝ぼけ眼のモンチがリビングに入ってくると、モンチの母親は気分を変えるように明るい声で言った。


 「うぅ~……ん?……んん? はっ? タケちゃん、なんでいるの?」


 そしてモンチは、オレと目が合い、まだ半分夢の中にいるようにポカンとしていた。


 とりあえずモンチが寝てからここに至るまでの状況を掻い摘んで説明すると、モンチは気まずそうな顔で手を合わせた。


 「私、いつの間にか、眠っちゃってたんだね……。ごめんね。遠かったでしょ?」


 「そうよ、サヤ。ここまで送って貰っただけじゃなくて、お姫様だっこで部屋まで運んで貰ったんだから、ちゃんとお礼言いなさい」


 「えっ、ウソ!」


 「写真撮ったけど、見る?」


 はい、知ってました。オレがモンチを抱きかかえたところから、玄関に入るまで、ずっとスマホのシャッター音が聞こえていた。連写だった。


 当然、エェェェーとは思ったが、オレにそんなことが言えるはずもなく、それどころかポーズさえ取ってしまうのが、オレなのだ。妹から事勿れ主義と言われても仕方ない。


 「ホントだ~。コレなんかイイ感じに撮れてるね」


 「でしょ? 私、これを待ち受けにしようかしら」


 いやいや、辞めて下さい。


 「私にも送って~。タケちゃんも欲しい?」


 要りません。出来れば消してください。とも言えずに、母娘の掛け合いを見守っていると、モンチがハッとして、オレを見た。


 「ってことはさ、タケちゃん、私の部屋に入ったの?」


 「うん。なかなか可愛らしい部屋だったな」


 「はっ!」


 モンチは少し伸びた髪を前に垂らして絶望していた。恥ずかしいらしい。


 ナハハ、ちょっといい気味である。


 「ところでタケちゃんって、武田だから、タケちゃんなのよね。下の名前は何って言うのかしら?」


 モンチの母親である。


 オレは自分の名前があまり好きではない。嫌というわけではないのだが、見た目とのギャップで笑われることが多いのだ。だから普段、自己紹介をする時は、武田としか名乗らない。


 「ランよ、花の蘭。武田蘭ね。ちなみにおじいさんは菊で、お父さんは椿だって。花屋の息子だから花の名前が付くんだって。タケちゃんのお父さんが言ってたわ」

 

 く、くそ、他人の家の個人情報をサラっと晒しやがった。


 じいさんも、また親父も、自分の名前に気恥ずかしさを覚えていたことを、オレは知っている。それなのに何故、代々続けてしまうのか……。もし将来オレに息子が出来たとしても、決して花の名は付けない。この呪縛はオレが断ち切らなければならない……と今のところ思っている。

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