第29話

 「では、オレはこれで……」


 モンチに布団を掛けていたモンチの母親の背中に挨拶をして、そのまま立ち去ろうとしたオレだったが、やはりと言うか、呼び止められてしまった。


 「せっかくだから、お茶でも飲んでいって」


 まあ、そう言われるよな~とは思いつつも、車通りが殆どない夜の住宅地とは言え、――社名が大きく入った車を路駐するわけにもいかない――という言い訳をして、何とかお暇しようとしたが、「ウチの駐車場、空いてるわよ」の一言で逃げ場を失った。


 実を言うとオレは、昔から友達の親というのを苦手としていた。


 それと言うのも、オレは幼い頃から周りの子供たちより頭一つ大きかった。中学生ともなると180㎝を超え、その後も成長は止まることを知らず、高校を卒業する頃には195㎝になった。


 それでスポーツでもしてれば、まだ格好がついたのだろうが、運動の方はあまり得意ではなかった。また顔も親父に似てしまったせいで、世間で謂う所の強面というヤツなのである。


 だから友達の家へ遊びに行った際に必ず言われるのが、「いかつい子」「でっかい子」だった。玄関先で初めて顔を合わせた友達の母親から「ひぃ」と悲鳴を上げられたこともあった。


 トラウマとまでは言わないが、それでも幼い心は傷つくのである。


 今でも店先や市場などで「○ーミネー○ー」とか、「世紀末覇者」などとコソコソ聞こえてくる。中にはオレが歩くのに合わせてデデンデンデデンと歌うヤツまでいて、冗談にしても少しウンザリしていた。


 オレ自身、自分を心優しい穏やかな人間だと思っている。妹に言わせれば、肝っ玉が小さい木偶の坊なのだけれど……。


 さて、モンチの母親と何を話すか……。


 億劫に感じながら、普段はあまり使われていないだろう少し埃っぽい屋内駐車場に車を停めると、一旦外へ出て、再び玄関の方へと周った。駐車場内から家の中へ続く扉があったが、さすがにそこを通るのは憚られた。


 「お邪魔します」


 玄関先で待ってくれていたモンチの母親に誘導されて、リビングに通されたオレだったが、「適当に座ってて?」と言われて立ち尽くした。


 15畳ぐらいの広さのリビングには40インチぐらいのテレビがあり、小さな丸いテーブルとそれを囲むようにグレーのL字型のソファーがあった。


 事務所などの場合、客が座る位置というのは何となく察することが出来るものだが、家庭の場合、その――適当に座ってて?――が難しいのである。


 以前、知人宅にお邪魔した際、その――適当――で座ってしまって、「そこはおじいちゃんの席だよ」その家の子供に注意された。慌てて移動したが「そこはおかあさんの場所」と再度指摘され、面倒臭くなって立っていたら、事情を察した知人がその子供を怒鳴りつけていた。


 オレは、自分が叱られるのは大して気にもしないが、目の前で他人が怒られているのを見るのが、すごく嫌なのである。街中で子供に金切り声を上げているお母さんを目にしただけで、その日一日気分が良くない。まあ、この家に子供はいないのだけれど……。


 だからと言って、どこでも座って良いわけではない。普段からモンチの母親が座っている場所、いわゆる定位置と言う場所があるはずなのだ。そこへ座ってしまったらと思うと、おいそれと動けなかった。


 「あらあら、立ってないで、どうぞ座って」


 そうこうしている内に、モンチの母親がコーヒーとお菓子を持ってキッチンから戻って来た。


 「いえいえ、お母様からどうぞ」


 「……」


 モンチの母親は怪訝そうに黙り込んだ。


 「えっと……何か?」


 「ウチの子も変わってるけど、あなたも相当ね……」


 えっ? それは心外だ。オレは図体がデカいだけで、至って普通の人間である。自分で言うのも情けないが、すべてにおいて平凡なのがオレなのだ。


 モンチの母親はやや呆れ顔で、テレビを背にして、地べたに置いてあるクッションの上に座った。

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