第27話
ビールを一気に飲み終えたモンチは、禿げマスターとすっかり(六年越しに)仲良くなって、よせば良いのに「マスターのおすすめをください」などと生意気な注文をした。
またマスターもマスターで、最近覚えたばかりのシェーカーを駆使して、何だかよく判らないカクテルをノリノリでモンチの前に差し出していた。
「わぁ~、キレイ~」
などとはしゃいでいたモンチだったが、思いの外、アルコール度数が強かったのか、2杯目を飲み終わる頃には瞼が半分閉じていた。
完全な下戸であるオレが言うのもなんだが、そもそもモンチも強い方ではない。カウンターでコクコクと舟を漕ぎ始めたのもあって、潮時とばかりに会計を済ませて『カフェ・やぶさかでない』を出た。
駐車場までは何とか千鳥足で歩いていたモンチだったが、ドサリと車に乗った途端、小さく鼾を掻き始めた。
あぁ~、コレはダメなやつだわ……。
モンチは一度寝てしまうとなかなか起きない。特にアルコールが入っている時に下手に揺ったり声を掛けてしまうと、嘔吐(は)かれてしまう惧れがあった。
経験則から2時間ほど寝かせれば、尿意を催して起きるはずだが……、さて、どうしたものかと考える。
もちろんモンチの家を知らないわけではない。自宅まで送っていくのはやぶさかではないが、そうなれば、まずマンションの前に車を付けて、モンチを抱えたままエントランスでオートロックを解除しなければならない。そしてエレベーターに乗せて、部屋の前でまた鍵を開け、ベッドまで運ぶ……。その行程を考えただけで、面倒臭かった。
それなら起きるまでこのまま寝かせておこうという結論に至り、モンチが眠っている助手席のシートを静かにリクライニングしていると、モンチのスマホが鳴った。
モンチのスマホは、 今、モンチのお腹の上にあった。助手席のドアを開けた時に零れ落ちて来たので、オレが置いたのである。チラリと見たその画面には『母』と表示されていた。
しばらくして電話は一旦切れたが、またすぐに鳴り始める。
それが何度か繰り返されて、迷った挙句、オレは電話に出ることにした。
何度も掛かっていることと、その表示された『母』というのが気になったからである。もし急用だった場合のことを考えたのだ。
モンチの腹に手を伸ばしてスマホを取ると画面をタップする。
「もしもし、サヤ? やっと出たわね。今日帰るって言ってたでしょ! いつになったら帰って来るのよ?」
現在、午後8時。『母』さんはかなりご立腹のようだった。
「えっと、私、サヤさんの友人で、武田と申します」
「あら、もしかして、あなたがタケちゃん? サヤの母です」
モンチの母親はコロッと声色を変えて応えた。
「あっ、はい。いつもお世話になってます。それでサヤさんですが、少しお酒を飲み過ぎてしまって、今、車の中で寝ているところです。それで、どうしようかと考えていたところでした」
「あらあら、こちらこそお世話掛けてしまって、ごめんなさいね。あんなことがあった後だから……許してあげてね」
「……はい」
やはり娘の精神状態が心配なのだろう。
「ところで、あなたは平気なの?」
唐突な質問に、――と言いますと?――と返したいところではあるが、気を遣わせないよう思い当たることすべてに応えた。
「えぇ、明日は仕事も休みですし、時間はぜんぜん大丈夫ですよ。それにオレはお酒がまったく飲めないので酔ってませんので」
「フフフ、あら、そうなの。だったらサヤを送って貰えないかしら?」
「はい、それはもちろん」
とは言え、2時間は起きないだろうが……。
「助かるわ~。なら、あなたの電話番号を教えてくれるかしら?」
オレのことは以前から知っていたようだが、これまで会ったことも、また電話で話すのも今回が初めてであり、おいそれと信用出来ないだろうことは理解できた。だからオレも迷わず口頭で電話番号を告げた。それで保険になるならお安い御用だ。
すると、間を置かずにオレのスマホのショートメールの通知音が鳴った。モンチの母親からだった。そこにはLINEのQRコードが貼ってあった。
モンチの母親との真新しいLINE画面には、地図を示すであろうURLが表示された。
が、それを開いたオレは絶句する。
地図で示された場所は同じ県内とは言え、山一つ向こうにある街を示していたからだった。
どうやらモンチの母親は、モンチを実家まで連れて来いと言っているようである。
少なく見積もっても、ここから1時間は掛かるだろう。
「……遠いな」と愚痴を零しながらも、オレはモンチの故郷へ向けて車を出した。
この時、ふと思い返してみると、モンチとの連絡手段はなぜか電話かメールだった。LINEも含めSNSでの繋りは一切なかった。
仕事上の取引先ですらSNSを使って連絡を取るようになった昨今、オレのスマホのメールボックスの受信欄は、携帯電話会社のお知らせとモンチだけになっていた。
それなのにモンチの母親と先にLINEで繋がったことが、何だか面白く感じた。
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