第24話
以来、佐伯は毎週のように『フラワーショップ・タケダ』を訪れるようになった。
オレがいない時でも店を手伝っているようで、母だけでなく、いつの間にか妹とも仲良くなっていた。真面目で物腰の柔らかい佐伯の評判は頗る良かった。何よりイケメンというだけで、そもそもの基礎点からして高い。
オレが配達から帰ると、母や妹といつもワイワイ楽しそうに談笑していた。そしてオレを見つけると仔犬のように駆け寄って来るのだ。その屈託のない笑顔は母性本能をくすぐるものなのかもしれないが、男のオレにとってはキモイだけである。
とは言え、これまでモンチの歴代彼氏からは嫌われてばかりだったのもあって、佐伯から向けられる好意的な態度は、少し嬉しくもあった。
式場巡りの方も止め処無く続けられていたが、これにはすこし辟易していた。3、4箇所を周る覚悟ぐらいはしていたが、すでに10以上の結婚式場を見学していた。
オレからすると、どこも然程代り映えなく、ここまで吟味しなければならないものか、と思ってしまうのだが……。
また夏になると海にも行った。その時はモンチも一緒だった。
もうすぐ結婚するアツアツなカップルに同行するなんて、どんな地獄の海水浴だよ……と断ったのだが、是非に、是非にと懇願されると、結局、面倒になって受け入れてしまうのが、オレである。
現地では極力ふたりから距離を取って、邪魔をしないように遠くから見守るつもりでいたが、気を使ってか、二人とも離れてくれなかった。お陰で見せつけられるだけ見せつけられ、しばらく恋人なんて要らないと思っていたが、ちょっとだけ欲しくなった。
秋になってからはモンチの衣装合わせにも付き合わされた。これも佐伯の強い要望だった。ただウエディングドレス姿のモンチを目の当たりにすると、持ち前の女々しさが発動して、やたら感傷的な気分にさせられた。
式場選びが終わると、今度は佐伯から毎週のように飲みに誘われるようになった。酒が飲めないオレは、コーラを啜りながら佐伯の話に付き合うだけのつもりでいたが、佐伯とは不思議なほど趣味が合った。
オレは昔からジプシージャズが好きだった。高校生の頃にはジャンゴ・ラインハルトに憧れてギターも買った。ただ周囲にジプシージャズどころか、ジャズを聴く者もおらず、音楽の話をする際は孤独感を覚えたものである。
例えばそれがポップスやロックだったなら、沢山の話せる仲間がいただろう。ヘヴィーメタルやパンクなどのコアな音楽だったとしても、探せばそれなりにいるはずである。
ただ古いジプシージャズを好むとなれば、オレが通っていた中学、高校には皆無だった。
それだけにオレは、好きな音楽の話が出来ることに興奮を覚えた。また佐伯は、(父に売られてしまった)オレが持っていたのと同機種のジャズギターを所有しているとのことだった。
だからか、飲みに行って、結婚式やモンチの話をすることは殆どなかった。
「車も、音楽の趣味も、同じなんですね。だから私たちは同じ人を好きになったのかもしれませんね」
佐伯はしみじみと言った。飲んだ時にモンチの話題が出たのは、これぐらいのものである。
そして11月になり、佐伯とモンチの結婚式まで、いよいよあと一週間と差し迫った夜のことである。
ベッドの上でウトウトしていたオレはモンチの電話に起こされた。
「佐伯さんが自殺した――」
震えるような声だった。あまり話したくないのか、それだけ言って電話は切れた。
もちろん結婚式は取り止めとなり、その後モンチから続報が届くこともなかった。
モンチのことも、また佐伯のことも、気になってはいたが、事情が事情だけに、こちらから連絡するのも憚られ、結局オレは待つことしかできなかった。
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