第20話

 けれどオレは怒る気にはなれなかった。


 結婚するにあたって、その相手の仲良い元恋人など、甚だ不気味な存在だろうことはよく理解できたからだ。


 ――元カレ――としてモンチの横に座ってしまうという痛恨のミスもあり、佐伯の疑念はさらに膨らんでいるだろうが、ここは全力で否定して、佐伯が望むのなら、今後はモンチとの関係を絶つこともやぶさかでなかった。それが何よりモンチの為になるはずだった。


 オレはあらためて佐伯という男を観察した。


 事前に一つ年上とは聞いていたが、オレより若く見えた。確かに元役者というのも頷ける美男子である。切れ長の目に鼻筋が通った細面の綺麗な顔をしていた。


 またオレには絶対に真似できそうもない緩いパーマの入ったメンズボブとでも言うのか、おしゃれな長髪だった。背はあまり高くなさそうだったが、細身の体にフィットした白い光沢のあるスタンドカラーシャツを着こなしていたその雰囲気は、何となく王子様。先頃、電撃結婚してすぐに離婚したフィギアスケート選手に似ている気がした。


 「ところで、タケさんは、サヤさんのことを何と呼んでいるんですか?」


 佐伯の唐突な質問にオレは戸惑った。


 「えっ…と、サヤ・・・さん・・・ですかね?」


 「ウソだ~。いつも――モンチッチー!――って呼んでるじゃない」


 モンチが横槍を入れた。オレをこんな気まずいシチュエーションに陥れているくせに、助ける気は微塵もないようだ。


 「そうですか。では、サヤさんにまだ未練があったりはするのでしょうか?」


 ほら来た! と思った。この質問が本丸なのだろう。


 「いえ、まったく、ぜんせん、ありません」


 断固と否定したものの、佐伯の顔色は優れなかった。


 例えオレが、どんなに言葉を尽くしたとしても、佐伯の疑心は拭い切れるものではないのかもしれない。


 ならばオレは、今後一切の関係を絶つ旨を提言し、そして実行して、無実を証明しなければならないと、大きく息を吸ったところで、モンチが割り込んできた。


 「これまでタケちゃんのカノジョを何人か見てきましたけど、自分はゴリラみたいなくせに、小柄でポワポワした娘ばかりだったから、私みたいなのは、ホントはタイプじゃなかったんじゃないかなぁ~」


 「ゴ、ゴリラって……」


 「この前までタケちゃんが付き合っていた女の子なんて、顔も頭の中もタヌキみたいだったんですよ。『わたしが~、たけださんとつきあっているんでぇ、おばさん、あんまり、でんわしてこないでくれますぅ』って言われたんです。おばさんってヒドいと思いません?」


 「タ、タヌキって……」


 「ところであのバイトのタヌキさんとは、どうして別れたの?」


 浮気されたんだよ……。


 「オレのことは放っておいてくれよ……」


 佐伯は、モンチの話に優しく頷きながら、ニコニコその様子を眺めていた。


 「やはり、お二人は仲がよろしいのですね」


 佐伯の言葉に、またもオレの背中に大量の冷や汗が流れる。


 ――モンチと決別すること――を何とか大々的に意思表示しなければならない。この際、タイミングなどとは言ってられなかった。


 「今後、もうモンチとは「これからもサヤさんと仲の良い友達でいてください。出来れば、私も仲間に入れて貰えると嬉しいです」一切会わな――えっ……?」


 佐伯はオレの言葉を遮るように言った。


 そしてオレは思考の行方を見失った。


 当て推量で無理矢理数字を押し込んでしまったナンプレのように、後にも先にも進めなくなってしまった。


 「サヤさんには結婚後も今の仕事を続けて欲しいと思っています。サヤさんには自由に好きなことをしていて欲しいんです。そんな彼女が好きなんです。だからお二人の仲を疑ってはいませんよ」


 佐伯の言葉にモンチは感動しているようだった。


「いい男を見つけたな」


 折角埋めた(ナンプレの)数字をすべて消しながら、オレが言えたことといえば、それだけだった。


 モンチは幸せそうに深く頷いた。


 オレの容疑も目出度く晴れて、婚約者もまた良い人そうである。モンチの幸せそうな顔も見ることができた。もうこれ以上、オレがここに居る必要はなかった。


 「じゃ、オレ、もう帰るわ」


 「少々、お待ちください」


 オレが立ち上がると、佐伯に呼び止められた。


 「実は、今日はそんな話ではなく、私たちの結婚式でお花をたくさん使いたいと思っていまして、それをお願いしようと態々御足労をお願いしたのです」


 オレは慌てて座り直した。ここに至って漸く来た甲斐というものを見出せた。


 つまり彼は――モンチの婚約者の佐伯は――お客様なのだ。騙されてノコノコ来てしまったとは言え、まったくの無駄足にはならなかった。


 「なによ、その満面の笑みは……」


 どうやらオレはごく自然に営業スマイルが出来るまで、立派な社会人になれたようだった。


 「それでタケさんに、是非、式場を一緒に見て頂きたいのですが」


 「ご指定された花を仕入れてお届けすることは出来ますが、ワタクシが式場に赴きましても、何も役には立たないと思いますが……」


 式場選びなら、その専門家であるモンチがすれば良いと思うのだが、今回、彼女はノータッチらしい。自分の結婚式までプロデュースするつもりはないのだそうだ。

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