第9話 北向き、蝶・屈折する星くず
北向き、蝶・屈折する星くず
昨日のことだ――わたしたち三人は、大樹の階段を下りていった。男達の獲った獲物を見に行くために。オーキナが先導し、曲がりくねった幹と幹のあいだを渡って行った。太陽も傾いて来ている。わたしは、昼間なのに薄い闇に覆われている、二階の廊下を思い浮かべた。
七階まで下りてきた。今日も鳥の囀りをよく耳にする。春の日から、もう七日が経とうとしている。今年も多くの鳥がつがいになり、この大樹や庭にそれぞれのねぐらを作るだろう。わたしたちも――今年は何人の子供が生まれるだろうか。
二階に着くと、男達が集まっている。カツミを見ると、わたしに目配せをした。やがて、わたしたちは二階の端の部屋まで歩いて行った。
わたしは廊下を歩きながら、彼女を眺めていた。彼女は、十四の歳だと言っていた。みんな驚いていた。もっと、長い年月を経ているものだと。カツミから聞いた時には、わたしも驚いた。自分と同じ歳だと。でも、それはどうだろうか。彼女に流れる時と、わたしのそれは、決して同じだとは限らない。わたしたちと、相手を求めて啼く、鳥たちの時間が違うように。
二階の廊下を歩いて行く。
ずっと彼女の後ろ姿を見ている。
部屋に着いた。
たくさんの男達がわたしの周りに居る。カツミが前に出て、赤い獣を掲げた。
黒い髪の女の子、白いTシャツを着ている。
彼女が何かを言っている。後ろで聞いていると――何か批判めいたことを言っているように聞こえる。
黒髪の女の子は、わたしたちに約束をした。
彼女はこちらを振り向いた。さっきわたしにチョコレイトをくれた子だ。こちらを向いて、三日月のように白い歯を見せた。「三奈……」
わたしは自分の右腕が無いことに気が付いた。右腕が無くなっている。わたしは絶叫した。「右腕が無い!わたしの右腕が無くなっている!」膝をついて、叫び続けた――。
ハッとして目を覚ました。横の、ぽっかり空いた窓から、木々の間を抜けて光が差している。茫然としているわたしの耳に、鳥の鳴く声が入ってきていた――朝になったらしい。
目が覚めたとき――大変な疲れを感じた。両腕がだるく、重い。身体を起こすと、セレンは蔓の床に座っていた。わたしの方を見て、起きたと分かると、北のベランダに歩いて行った。さっきまで、わたしの貸した漫画を読んでいたらしい。床に漫画が置いてある。やがて、コップくらいの小さな器を持って戻ってくると、わたしのところまで来て、それを差し出した。土器のなかには水が入っている。わたしはそれを受け取って飲んだ。
「ありがとう」
「うなされていたみたいだけれど、怖い夢を見ていた?」
「うん」
「どんな?」彼女は何とはなしに聞いた。
「……」何か――ずいぶん怖かったと思ったけれど、思い出せなかった。この「マンション」に居た気がするけれど。
「思い出せない」
「そう」
セレンはわたしの目をじっと見ていた。わたしの目というより、瞳の表面に映る何かを見て、考えているらしい。わたしは羞ずかしいので、顔を上げずにコップの水面と縁を見つめていた。
「怖い夢でも、見た方が良いのよ」
そう言うとセレンは立ち上がり、食べ物を持って来るわ、と言ってウロから出ていった。ウロの出入り口は、さんさんと日の光が入っていて明るかった。わたしはぼんやりと、いま言われたことを考えていた。怖い夢でも見た方が良い――そう言われると、不思議と夢の内容が気になってきた。くり抜かれた窓からは、壁に生い茂った蔦の裏側にまで光が差し込んでいる。雨は夜のうちに上がったらしい。
すこし考えていたが、とても思い出せそうもないので諦めた。そのうちに寝起きのだるさも薄らいでいた。出入り口に置いてある衝立を見ると、縁から白く輝いている。わたしは、屑のベッドの脇に置かれたスニーカーを手に取り、裸足のまま両足に履くと、そこまで歩いて、衝立を横にずらして外に出た。
外は風の流れる良い天気だった。やわらかな光と青葉が続く。マンションの木々から湿り気が抜けて、晴上っていた。蔓の隙間にある細い葉がそよぎ、鳥の鳴く音がとおく近く聞こえていた。非常階段の樹から聞こえ、そこから一羽、二羽と飛び立ち、わたしの方を横切って、空の際まで続いていく樹海の上を滑って行った。左手には太陽が出ていた。まだ横の方から差しているのを見ると、そう遅い時刻でもないらしい。
廊下の塀を覆う蔓に手を置いて、衝立の前に立って水色の空気を眺めていると、左の角を曲がってセレンがやって来た。
「持ってきたわよ。朝にしましょう」
セレンはウロに入って行った。わたしも景色から目を離し、ウロに入って衝立をもとに戻した。
火の消えた囲炉裏を囲んで座ると、青々とした大きな葉っぱに包まれたものが三つ並んでいる。他に油絵のような暖色の果物がいくつか、何かを煮込んだ土器の器がひとつ、わたしの前に並べられた。わたしは葉っぱに包まれている物をひとつ手に取った。
「ヤキジトをたくさん作っておいたわ」
セレンは微笑んだ。わたしが葉を剥くと、きれいに焦げ目のついたおにぎり状のかたまりが入っていた。昨日、オーキナから貰ったものより大きく、より完璧な球形で、そのままソフトボールにでも使えそうな形をしていた。肉も多く混ざっているみたいだ。昨日、そのもととなる動物を見ているため、嫌気が沸いてきたが、ひと口食べた。思っているほどに、抵抗は無かった。昨日からほとんど何も食べていない。自然の欲求には抗えないようだ。
「狩りかしら……それより、もうすこし大きいものを」食べているわたしを見て、セレンがぼそりと言った。
「もっと大きくて丸いものを持っていたわ」
「……?」わたしは噛んでいる顎を止めた。彼女は手に持ったオレンジ色の実を、食べるでもなく見渡していた。
「夢の話よ。わたしの見た」
「ああ……」夢の事なんてすっかり忘れていた。
「木に囲まれた、平らなところで、皆して走っていたわ」
「ふうん」
わたしはものを噛んで水を飲みながら、ずいぶん遠くまで聞こえる鳥の声、幾重に重なる枝を通ってゆく光、お尻を支えるスプリングのような床の蔓を感じていた。彼女の話を聞くよりは、部屋の中身を見ていた。森の中の、大樹の内の一つの部屋。一晩寝て、朝起きると、やはり目新しい。
「わたしは、勿論したことは無いけれど、オ達の狩りもああいうものなのかしら」
わたしはセレンの方を一瞥した。彼女は果物を見つつ、自分の頭のなかに入り込んでいるように見えた。彼女の言うことは、わたしには分からない。頭のてっぺんからつま先の親指の垢まで分からない。彼女とは住む世界が違う――しかし、セレンの裸足の足を見ながらそんなことを考えていると、彼女は言った。
「あなたどうする気なの。どうやってミヨウヤを殺そうと思っているのかしら?」
飛び立つ束の間、腕に捕らえられた鳥のように、わたしは現実に立ち返った。
「何か良い案は浮かんだ?」
「いや……」 何の考えも浮かんでいない――というより、何も考えていない。わたしには、どうしてこんなことになってしまったんだろう、という思いしかなかった。あれは――わたしが言ったのではない。でも、他人に説明出来ることじゃない。わたしの知らないところで、「わたし」が言ったことなのだと。「でも、あなたが言ったのよ?」と言われれば――ひどく、つらい。
「わからない」わたしは、生い茂る床から、囲炉裏の灰を見て答えた。セレンは、黙ってわたしの瞳を見ていた。分からない――わたしは白い灰に落ちている、黒い炭の欠片を見つめた。やがて、セレンは手元の果実に目を向け、ぼそりと呟いた。
「二日後に来るわ」
わたしが顔を上げると、セレンはまた、橙色の実を眺め渡すようにしていた。
「次にミヨウヤが来るのは、二日後よ」
「分かるの」
「……」
わたしが聞くと、セレンは黙っていた。彼女の瞳をちらりと覗くと、口を開いた。
「何故かと言えば、分からない。説明は出来ないけれど。ただ――そろそろ来る頃ではあるけれど、今日でも明日でもなく――二日経ったらやって来るわ」
何故かは分からないけれど、それは二日後にやって来るらしい。何故かは分からないけれど、彼女は確信を持って断言している。
「それまでは安心出来る?」
「それまではね。それまでに、いい考えが思いつくといいわね」
セレンは、わたしの様子を見て、安心させるために言っているだけなのではないだろうか。そうも思ったけれど――ただ事実を述べているだけ――というようにも見えた。何かあるのかもしれない。ただ、わたしが縋りたいだけなのかもしれないけれど、信じたい気がする。セレンは、やがて飽きたのか、持っていた果物を食べもせず置き、立ち上がった。
「わたしはゴカイに行くわ。あなたは?」
「わたしも行く」
わたしたちはウロを出て、蔓の廊下を歩きだした。
非常階段の樹を下って、ちらちら瞬く緑の光を抜けながら、五階までやって来た。途中、下りて行く階の廊下で、女のヒトたちとコドモたちを見かけた。女のヒトたちはわたしを見るとお辞儀をし、ちっちゃなコは、こんがり焼けて裸んぼのまま、白と言うより青白く透き通った瞳で、下りて行くわたしたちを見つめていた。
五階に着くと、セレンは東の廊下の端に行き、歩きながら、二、三――落ち葉やらを拾っていった。廊下を反対側の端まで行くと、すぐ脇のウロに入り、北側に面した、かつてベランダだったところに向かっていった。そこは、目と鼻の先まで高木が迫って暗く、常緑樹の、鼻腔の奥に抜けていく香りが霧に溶け込み、寂と鎖されていた。コンクリートが、沢の巌のようにじっとりと濡れていて、羊歯や苔類に侵されていた。森のベランダの一隅に、水の湧いている場所があった。セレンはそこから、少し大きめの甕に水を汲んでいった。
「廊下まで運んでくれるかしら」セレンは水を溜め終えると言った。
「いいよ」
わたしは、底まで透明な水が溜まっている甕を抱くようにして持ち上げ、廊下まで運んで行った。
廊下に出ると、セレンは甕を置くようにわたしに言い、長い柄の付いた木杓で、甕から蔓木の床に水を打ち始めた。わたしは、セレンが少し進んでは、甕を運び、およそ何も考えず、水を打っている彼女の後ろ姿を見ながら歩いた。
黄色の扉を過ぎ、東の廊下の先まで水を撒き終えた。燦々と太陽の光が注ぎ、南に広がる樹海は梢の水面がざわついていた。セレンはまた歩き出し、わたしは軽くなった土の甕を持って後に付いて行った。非常階段の木蔭を通り、再び廊下を端から端まで歩いてウロに入り、甕を戻した。途中、セレンは黄色い扉の前で屈み、かわらけの壜や皿を取っていた。彼女はそれを湧水のところまで持っていき、ゆすいでいた。壜に水を入れると、それをわたしに手渡した。
「これと皿をヘヤの前に置いてくれるかしら」
「分かった」
「わたしは、下に赤い実をもいで来るから」
そう言うと、セレンはウロを出て樹を降りて行った。わたしは壜と皿を手に持って歩き、黄色い扉の前でしゃがんだ。
セレンはすぐにはやって来なかった。勝手が分からないので、適当に、土の小瓶と皿を扉の前に置いた。この部屋から出てきて、壜を倒して水をこぼしたのは、一昨日の事だ。黄色のペンキに塗られたドアは、ここだけ蔦の絡まることもなく、外界に対して無関心に存在していた。ぬるい金属のドアノブを試しに回して引いてみたけれど、扉はやはり固く鎖されていた。
しばらくすると、セレンが赤い実を持ち、階段の樹の影から現れた。わたしのところまで来ると、手に持っていた果物を皿に置いた。そして、ゆっくり立ち上がり、扉に向かって礼をした。わたしは、あっけにとられてその動作を見ていたけれど、わたしの見ていたのに気付いて、セレンは可笑しそうに言った。
「あなたがもう出て来たのに、ここに向かって礼をするのは可笑しいわね」
セレンは面白そうに、くすくす笑った。わたしが不思議そうにしているのを見て、何かを思いついたらしく言った。
「ちょっと、ちょっと来て」
セレンはわたしの手を引いて歩き出し、ちょうどエレベーターの木のある、廊下の角を曲がったところで止まった。
「もうちょっと行って、そこに座って隠れて」
何のことか分からないまま、蔓の廊下にしゃがみ込むと、セレンもわたしを押すようにして座り、塀の壁にぴったりと背中をつけた。
「これからモたちが来るわ。隠れて待っていましょう」
セレンは角から、顔を少しだけ出して廊下を覗いた。わたしは、よく分からないままセレンにぴったりとくっつき、座っていた。彼女の、左の二の腕が身体にすり合い、長い、真っ直ぐな髪が腕に触れていた。
目の前の、エレベーターの戸口から突き出ている枝、壁にうねっている蔓の丸い葉を眺めていると、セレンが言った。
「あなた、ヘヤから出て来たのよね。ドアーを開けて」
「そうだよ」
セレンは正面に向き直っていた。かつて階段があった、蔓木で覆われた壁を眺めている。
「あの中で、ずっと暮らしていたの?」
「違う」そんなわけないと思っていると、セレンは続けて尋ねた。
「じゃあ、あなたはどこに居たの?」
市の名前を言おうとして――そんなことを言っても何も伝わらないと考え直した。試しに言ってみた。
「日本」
「ニホン?どういう処」
やっぱり何にもならない。それなら――しかし、どう説明すればいいのだろうか。わたしは、家の玄関の赤い扉、公園の芝生が見える開けた道、駅前――アイスクリームパーラーや、大通りが交差しているところのカラオケルームなんかを思い浮かべた。でも、それを言っても、セレンには通じないだろう。わたしはどこに居たのだろうか――住所でもなく、そこにある事物を説明するのでもなければ――ふと、頭に兄の居るマンションが思い浮かんだ。わたしは、ほとんど投げ遣りに言った。
「ここの、壁や階段や、床の……とにかく生えている全部の木と草を引っこ抜いて、周りの森にある木も一つ残さず消滅させて、すべてを灰色にしたようなところに居た」わたしは思いつくまま適当に話した。すると、セレンは深く考え込んだ。
「それじゃあ、食べ物はどうするの?」
「外に行って、買う」
「カウ?」
「外に行って、『取って来る』」
「ニカイから降りて?」
「そう」2階から下りるとは言わないけれど。
「どれくらい遠くに行くの」
「少し歩くだけだよ」
「あなたの居るところは、灰色なのよね?」
「そう」灰色――まあ、そうだ。
「食べ物があるの?」
「もっと遠くで――どこかの誰かが、果物とか動物とかを育てて、それが運ばれて来る」
そう言うと、セレンはまた深く考え込んでしまった。多分わたしの居る世界を、頭のなかで想像しているのだろう。でも、きっと、その世界はとても奇妙なことになっている。実際のところから屈折して――囲炉裏の灰、ドアノブのスチール、薄暮の空、紫、黄色、彼女はそれだけで平面上に絵を描いている。もっときちんと説明するべきなのだろうか。
「来た」
セレンが言うと、急に上の方から人の気配がした。ざわざわと話声を立てながら、階段を下りてくる。女性の声だ。それと子供の騒ぐ音。隠れててと、息の洩れる音だけでセレンがささやくと、彼女は首をぐっと曲げて、影からこっそりと廊下を覗きこんだ。
「あなたも見る?」
セレンはわたしの耳元でそう言うと、膝を曲げたままゆっくりとわたしの前に移った。わたしも手でお尻を持ち上げながら移動し、角から廊下の方を覗いてみた。
廊下の先の方に、何人かのグループがあった。女性が二人――相変わらず、小学生ぐらいの背丈だが――と、おそらくその子供、四、五人が黄色の扉の前に立っていた。彼女たちは、みんな一様に頭を下げていた。こどものお祈りのような光景で、何だかちぐはぐな感じがして、笑いを誘ったけれど、ちょっと前まで騒いでいた小さい子たちは、ずっと静かにしていて、背の低い女の人二人は、随分時間が経っても頭を上げようとしなった。わたしは――段々、暗い気持になっていった。彼女たちが、祈り、信じている対象を思うと……。
角から覗きこむのを止めて前に向き直った。セレンは、最初わたしに笑いかけたが、わたしがそんな気持でもないのが分かったのか、黙って下を向いた。
「別に、ただ習慣としてやっているだけなのよ」
「……」
膝と膝を寄せたまま、二人とも黙っていた。セレンは左手を膝の上に置いている。肩は触れ合わない。彼女の、こちら側の腕は欠けているから――上から見れば――三本の腕が、わたしの右腕、左腕、彼女の左腕、等間隔に並んでいるのを考えた。
やがて後ろのほうで話し声がして、子供と女性の明るい声が聞こえると、その声が廊下を歩いて茂みに降り、階段を上っていった。葉を分ける音が遠くなっていくと、セレンが言った。
「行きましょうか。次に誰か来る前に」
彼女と一緒に立ちあがって、わたしたちは非常階段の樹の方に向かった。
九階の、西の端のウロに戻ると、セレンは座って漫画を読み始めた。初めは、わたしも座って、色々考えていたが、外に出ることにした。
一度、マンションを上から順に見てみようかと思い、エレベーターの中の木を登り、屋上の庭に出た。澄んだ空気に、白い花がぽつぽつと咲く道を歩いてゆき、少し甘いにおいと、鳥の鳴くなかをうろうろとした。端の方に行くと、ほんの腰ほどの高さしかない柵の下に、青い森が広がっていて、先の方まで目を向けると、白い綿雲がいくつか浮かんでいた。端の「観測所」まで行って立ち止まると、陽が、頭上まで上がっているのに気が付いた。
花と花を行き交う虫や、地面で遊ぶ鳥を眺めたりして、少し経った後、屋上から下りると、九階の廊下を歩きながらぼんやりとしていた。東の端までゆき、塀からそこら辺りを眺め、振り返って戻ろうとすると、男のヒトが二人、こちらに向かってきた。中年ぐらいの容貌、無表情で、ぶっきらぼうな荒々しい感じだ。わたしの前まで来ると、胸の高さぐらいで黙って礼をし、目の前にある、昨日オーキナが居たウロに入っていった。そしてそのすぐ後、また一人、男のヒトが階段の樹から出てきて、こちらにやって来た。彼は何歳ともつかない感じで、わたしの姿を認めると、にやりと笑った。
「ご機嫌いかがですか、サンナサマ?」
男はお辞儀をすると、そのままウロに入っていった。わたしはその場から立ち去り、階段に足をつけ、樹を下りていった。心に、ひどく脅かされているものを感じながら。
八階に来て、廊下を当てもなく歩いた。布や、枝で出来た戸が置いてあるウロもあれば、入口に何も無く、部屋の先まで見えるウロもあった。通りすがりに女が二人、中で昼寝をしているのを見かけた。ほとんど裸体で、布を巻いただけの、何かキャンバスに描かれた絵のような情景だ。エレベーターの木を廻って、西の方のウロの並びに出ると、若い女のヒトが二人、果物をかじりながら談笑していた。とっさに引き返そうとしたけれど、向こうのほうもこちらに気が付いたので、何気なく一歩進んだ。立ち止まって、塀の上の空にさも興味があるように目を向けたけれど、そこにわたしの視線を留めておくようなものは無い。廊下の端に居る、彼女たちの声が聞こえた――サンナサン……サンナサンが――その声が耳に入りながら、その場を繕うだけの長い、一、二分を過ごし、足早に去った。
七階、六階と非常階段の樹を降りていったが、葉の隙間から、もうヒトが居るのが分かって、静かにそのまま下りていった。踏む足とともに樹が揺れると、注目した目線が向けられ、わたしはその網から逃れるように階段を降りていった。
五階から、木の梢を下から見上げるようになり、薄暗くなってきた。運良く、人は見当たらなかったが、この階に居たいとは思わない。わたしは、またそろそろと樹を伝って、下に降りていった。
四階、三階と降りていった。途中、四階に立ち寄った。葉の影に染まった廊下を歩きながら、塀の周りの果樹を眺めた。果物はいくつもいくつも枝についている。よく見ると、幹は少し遠いところにあるのに、果物の生っている枝は都合よくこちらに向いている。廊下を歩きながら、樹の並びを見ていった。どの木もどの木も、色やかたちは違えど、腕を精一杯――伸ばし、手に持った果実を差し出しているみたいだ。黄色・オレンジ・むらさき、取っても取っても無くならないのだろうか。
三階の西の端のウロに入って、気が付くとぼんやりしていた。空き家なのだろうか、囲炉裏の灰はきれいに均され、物も置いていない。伽藍とした部屋のなかで、ウロの穴から、廊下と廊下に映る草の影を眺めていた。わたしは――色々な事を自問自答したが、返って来るものは無かった。ダレカの声も聞こえない。ずっと、聞こえるのは樹海に潜む音だけだ。鳥であったり、風であったり、判別のつかないものもある。分からない音の方が多いのかもしれない。「分からない音は、聞こえるのだろうか」ダレカが言いそうな問いかけを、代わりにわたしが言ってみる。返事は無い。一人になっても、ダレカが何も言ってこないのは、ばらばらになっていくような「わたし」を、かえって生々しく実感させた。段々と離れ、実感の無いままに「わたし」の身体は動いて行くのだろうか。わたしは何気なく右手を見る。いずれはずっと、この手が別のどこかに去ってしまうのだろうか。
気が付くと、ウロを出ていて、廊下の東の端まで行っていた。空は木々に隠れてよく見えないが、日も傾いて来ているのだろう。段々と、辺りが無彩色になってゆくのを感じた。塀の先から振り返り、廊下の方を眺めると、平行に延びる塀と壁、非常階段が、樹木に包まれているのにも関わらず、無機質なものに感じられた。それはただ、光の加減のことだとしても――別世界の住人――また、わたしは「わたしが」遥かに遠ざかってしまうのだろうか。
ふと、ガサガサと音がし、真っ直ぐに延びる廊下から、階段の樹の方に目を遣った。見ると女の子がひとり、階段の樹に居た。塀の下に見えなくなると、ぴょんとジャンプして、廊下との境目から現れた。わたしの方を向き、こちらに駆け寄って来る。子供らしく、ぶつかりそうなくらいそばまで来て、にこにこと顔を見上げた。お餅のような丸い顔の、可愛らしい女の子だ。肩の上で、黒い髪を切っている。わたしの足の周りをせわしなくうろうろしたり、ズボンの布を摘まんで引っ張ったりした。わらいながら、ぱっちりした瞳でわたしの顔をじーっと見ている。話さないが、何かを訴えたいという感じだ。わたしは聞いてみた。
「どうしたの」
女の子は変わらずに、わたしの顔を見つめていた。吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳を向けている。やがて、また楽しそうにわたしの周りを跳んで遊び始め、階段の樹の方に走って行くと居なくなってしまった。
わたしは女の子が消えていったあとも、階段の樹をぼんやり眺めていた。樹の影から、また不意に顔を出すかなと、ちょっと期待していたのかもしれない。しばらくは、葉が揺れて、鳥の鳴く声を耳にしていたけれど、何にも現れないので、後ろの塀に向き直った。森の方を見つめている――段々暗くなっていくな、と思っていると、また後ろの方から音がした。振り返ると、ガサガサガサッと、見覚えのある姿が樹を滑り降りていった。ひょいっと廊下の影からカツミが顔を出した。
ズシズシと歩くようにこちらにやって来ると、カツミは言った。
「こんなとこで、何をしとる」
「別に……」
腰に、鈍いひかりの石のナイフが下がっている。纏っている滑らかな皮は、昨日見たのと同じものだろうか。
「セレンが、サンナサンがどこかに行ったから探しておいてくれと言っとった」
そう言うと、カツミは黙ってわたしを見た。わたしも話さない。わたしと彼は――蔓の廊下の端で、並んで突っ立っていた。
「戻らんのか?」
別に戻ってもいいし、ここに居るのでも構わない。どっちでもいい――わたしは、身体の脇にぶら下がっているカツミの手を見ていた。
「わしは、ニカイに行くが」
好きにすればいい――わたしはカツミの手の指から目を逸らして、塀の外側を見遣った。じっと森を眺めていると、西の遠いところで鳥が鳴いているのが聞こえた。小さく、微かなのに、不思議にはっきりと耳に届く。その音は、どこか、まったく別のところで生まれた音が――本来伝わるべき空間を間違えて――ずれてしまって、ここまで来ているのかもしれないと思った。遠い、ちかい、微か、微かな鳥の音……。
「かそけき」
急に、カツミはそう呟いた。驚いて彼のほうを振り向くと、カツミも横を向いて森の方を見ていた。長い眉の下で、はっきりと、しかし遠い目をして、林の間を眺めている。平たい石のような額と、筋の通った鼻を真っ直ぐに向けている――彼の顔を見つめていたが、ふいに、カツミはわたしのほうを振り向き、言った。
「ニカイに行くぞ。おまえも一緒に来い。皆は上に居るし、ミヨウヤもまだ来んじゃろ」
そう言うと、彼はすたすたと行ってしまった。非常階段と廊下の境目を跨いだところで――わたしは、はっとして、彼の後を追った。
暗がりの茂みを降りてゆき、灰白色のオイイが生えた、ニカイの白っぽい廊下に立った。カツミは右に曲がり、昨日行ったのとは逆の方に歩いた。四つほど、ウロの穴が並んだ先が、廊下の端になる。さっき、わたしたちが居たところの真下にあたるけど、やはり、上とは雰囲気が違う気がする。
廊下の端まで来て、何をするのかと、カツミを見ていたが、ふらりと頭を動かして周りを見ると、そのまま、わたしの横を過ぎて反対方向に歩きだした。何なんだろうと思ったけれど、黙って後に付いていった。
ギシギシとオイイを踏みながら、二人でニカイの廊下を歩いて行った。目を凝らすと、壁には菌糸のように黒く細いツタがびっしりと張り巡り、天井の縁から牛の乳房のような蔓が垂れ下がっている。塀の外は木の影絵に囲まれ、前を歩くカツミに連れられて、暗い白い道をゆく。ギシギシと歩く音――余りに静かで袖の隙間から寒さを感じる。
気が付くと、わたし達は廊下の端まで歩いていた。彼はまたそこで立ち止まり、塀の外を見遣った。暗くて顔がよく見えない。わたしも横を向いて、上からぶら下がっている蔓の隙間から、外を眺めた。人が並んでいるように、ただ木の影だけが、少し離れたところを取り囲んでいる。
また、廊下の別の端で止まって、外を眺めた。景色はほとんど空間にかかれた絵のようだった。わたしの居る、ヘイもロウカも。男の顔はよく見えない。
また、前をゆく男の後に付いて、彼女はロウカを歩いて行った。
エレベーターの方まで歩く、まだ着かないのかしらと思い、後ろを振り向くと、さっき居た「端」は無くなっていた。ただウロの穴が並ぶ、途中のロウカだけが続いている。男に連れられて、彼女はロウカを歩き続けた。
ロウカの途中にあるエレベーターの木を二人で眺めた。落ちないように淵に立ち、顔を差し入れた。下は底なしの闇――上を覗いても果ては見えない。彼女は男が後ろに立っているのに気付いた。振り向くと男は彼女の傍に寄り、言った。
「ユユシキと言うんですよ」
「ユユシキ?」
「この木は下から水を吸い上げて、フロアに水を供給しているんです。あなたも、ベランダから水が涌いているのを見たでしょう?」
彼女は男が指している暗闇を見つめた。木なんてどこにも生えていない。
いつのまにかそこを通り過ぎ、彼女は男とロウカを歩いていた。壁も木の影も、外に見えるものは全て、枠のなかの絵のように見える。だんだん歩いているうちに、頭の中に音楽が流れ始めた。
「ピアノ、プロムナードですね」
「どうして分かるの」彼女は言った。
「何でも分かりますよ。あなたのことなら」
二人で非常階段を見に行った。平らな通路の先に、1階に降りる階段は無かった。階段は、通路の縁できっぱりと無くなっている。下には、さっきエレベーターで見たのと同じ、無音の暗黒が広がっている。
「これじゃあ、降りられない」
「降りなくてもいいんですよ」男は言った。いや、本当に男なのだろうか。ただの影のようにも見える。
「でも、外に行けないよ」
「どうして外に行く必要があるんですか。食べ物はここでいくらでも取れますよ」
「……」
彼女と彼?は、またロウカを歩いて行った。ずっと、ロウカを歩き続ける。後に何も無く、先にも無いロウカを――。彼?は、彼女をどこに連れて行こうとしているのだろう。廊下の端は、もう見当たらない。そんなものは、もうどこにも無い。
「ねえ、もう上に戻らない」
彼女はおずおずと聞いた。すると彼は立ち止まった。そして、振り返らずに言った。
「もう少しゆけば、着きますよ」
「どこに着くの?」
「あなたが居たところですよ。帰りたいのではないのですか?」
「ここを真っ直ぐに行けば帰れるの」
「帰れますよ」
本当だろうか。この人に付いて行って、もとの世界に戻れるものなら戻りたい。
「ただ真っ直ぐに行くだけで帰れるの?」
「ええ、真っ直ぐにゆくだけで」
「かんたんね」
「ええ、とても簡単なんです」
それだったら、付いてゆくか。彼女はまた、一歩を踏み出そうとした。その瞬間――頭に映像が浮かんだ。黄色の扉とその前の壜。お辞儀をしている女性と子どもたち。彼女は迷ったが、言った。
「でも……ミヨウヤはどうするの?」
「あなたには関係の無いことでしょう?大丈夫、わたしは知っていますよ。いきなり知らない世界に連れて来られ、ダレとも分からない者が、ちょっとあなたの口を借りて約束をした。そこにあなたの意思はない。あなたに責任は無い」
それはそうだけれども――彼女の頭には、祈りの姿がちらついている。そして、9階に置いてある自分のリュックサック、セレン――それに、彼女はまだ鍵を見つけていない。黄色い部屋の鍵を。
「上に戻るのでしたら、そこから行けますよ」
彼は前を向いたまま、腕を後ろに伸ばして彼女の横を指差した。彼女は驚いた。気付かないうちに、自分の真横に塀の切れ目があって、階段が伸びていたのだ。しかし、その階段は――本当に、画用紙の中の絵のような階段だった。子供が一本のクレヨンで、線だけで書いたような階段だ。何メートルか進み、中空に出て、一回折れ曲がって上の階の廊下に繋がっているらしい。一体この階段は、どのような構造をしているのか。壁と、どうくっついているのか。柱も、支えのようなものも無い。それは、幻と言われる方がはるかに納得がゆく。
「どうするのですか。上に昇るか、真っ直ぐゆくか」
彼女は迷った。
「あなたは戻らないの?」
「わたしは、そんな恐ろしいところには行きません」
恐ろしい――その通りだ。彼女が乗れば、この階段はそのまま外れて、落ちてゆきそうだ。下は、底の無い闇だ。永遠に彼女は暗闇の中を落下し続けるだろう。万が一、上り切ったとしても、そこには不可解な世界と、おそらくは戦いが待っている。
「もうゆきますよ」
前に居る彼は、歩き出そうとした。
「わたしが居ないと、このロウカでも道に迷うかもしれません。でも、選ぶところもないでしょう?というより、『あえて』選ぶことはないでしょう?」
彼は歩き出した。彼女は果ての無いロウカに置いて行かれると思い、慌てて一歩を踏み出した。その瞬間――。
足が地に着く刹那に、彼女の頭に映像が襲った。昨日の夜、寝床にて、姉妹のようにベッドを並べている部屋。暗がりに鈍くわたしの顔を反射していた。セレンがくれた鏡だ。その鏡は、まだ上に置いてある。彼女は地面に着く前に、片足を引き戻した。彼女は何も言わず、脇の塀の切れ目を通過した。階段を一つ一つ上って行き、中空で折り返した。「鏡か……」彼女がロウカを見下ろすと、その人がこちらを向いていた。彼――彼女には――顔が無かった。
「おい!どうした」
声が聞こえ、わたしは目を開けた。いや、目はさっきから開いていたのだが、ふっ――と、今わたしの居るところが、はっきりと見えた。ぼやけた視界の水中から上がり、海の底の砂に足を着けたみたいだ。目の前には、曲がりくねった非常階段の太い大樹。廊下の濃い緑の蔦。カツミがわたしの肩に手をあて、顔を覗き込んでいる。カツミも海に入っていたのかな、そんな裸みたいな格好して。頭に色々な物がぼんやりと浮かんで来た。
「……鏡は?」
「カガミ?」
「セレンがくれたの。取りに行かないと」
「セレンのところに戻るのか?」
「うん……」
「分かった、戻ろう」
「あとね……」
「なんじゃ」
カツミのわたしに尋ねる声には、やさしい響きがこもっていた。頭の中にあるものが、少しずつ形をとって来る。なんだか、さっきまで、凄く暗いところを覗いていた気がする。白くて暗いところだ。前を誰かが歩いていた。わたしはその人に連れられて――。
はっとすると、カツミが顔を近づけていて、わたしは右手を突き出した。ドンッと音とともに、カツミの身体は離れた。彼は手を伸ばして、塀の蔓を攫んだ。彼の顔には驚きの表情が浮かんでいた。
「何するんじゃ!」
わたしは、息を弾ませていた。そうだ、彼とわたしは二階に行っていた。二人で廊下を歩いて――。
「ここはどこ?……何階?」
カツミは目を大きく開けて、探るようにわたしを見ていたけれど、やがて、握っていた蔓を放して、まっすぐに立つと言った。
「サンカイじゃ」
三階――わたしは胸の鼓動を抑えながら、さっきまでのことを思い出そうとした。そうだ――わたしたちは二人で廊下を歩いていた――非常階段から下を覗き込んだ。暗い――大釜の底のような――暗闇――エレベーター――何か――綺羅とした――何かを見つけた――途切れた記憶を何とか修繕しようとする。縫い合わせようとする布が、どんどんどんどん薄くなる。夢のように消え去ってゆく。
「大丈夫か」
カツミがこちらを眺めていた。
「ちょっと――多分、幻覚を見てたの。ごめんなさい」
さっきまであったような事が――もう、果敢なく消えている。
「わたしたち、下で何をしてた?」霞のかかった様な頭で考えた。
「別に、少しうろうろしただけじゃ。何も無いから戻るかと言って、樹を登ったら、おまえが明後日のほう向いて黙っとるから」
「……」
「ミヨウヤの事を話したり。セレンとか。カギ?の事とかを。でも、ニカイを探したが落ちてなかったの」
カツミと話をした?――そんな覚えはまったく無い。ただ、わたしの頭には、ぼんやりと「マンションの廊下を歩いている二人」の映像が思い浮かぶだけだった。瞬間的で――その一つの断簡が、ゴムのように引き延ばされているような映像――実感の無い、何十年も昔の記憶のようだ。「怖い……」カツミは、わたしと話をしていたらしい。でも、それはわたしじゃない。なら、ダレがそこに居たのだろう。わたしはどこに行っていたのか。どこに居たのか。こんな事が続くと――わたしという存在は、永遠に消えてしまうのではないか。
「顔が真っ白じゃ。大丈夫か」
カツミがこちらをうかがい、尋ねている。
「……大丈夫」
「さいか――まあ、とりあえず、セレンのとこに戻るとしよう。樹は登れそうか?」
「たぶん……」
「さいか、一応、わしが後ろに付いとる」
わたしたちは非常階段の樹を登り、九階に向かった。
八階――九階と樹を登って行くと、空はもう、日がとっぷり暮れて、樹海が、残っている光をぼんやり返していた。ウロの方からも点々と、火の洩れる明かりが、ちらちらと揺らいでいた。どのフロアにもぽつぽつと、小さいヒトたちが立っていて、わたし達が動いて行くのを見つめていた。わたしとカツミは九階に着くと、西の廊下の端まで行って、ウロのなかに入った。
パチパチ、ウロの真ん中で囲炉裏の火が燃えていたが、入ってすぐさま、わたしが目にしたのは、セレンしか居ないと思った部屋にオーキナとトムジが居たことだった。わたしとカツミがウロに入るとオーキナが立ち上がって出迎えてくれた。囲炉裏の奥にはセレンが座っている。手前にはトムジが鎮座している。わたしはオーキナに促されて、セレンと並んで奥に座った。夕食の準備がしてあるらしい。よく分からないまま、わたしが土の器や、青葉の上に乗っている物を見ていると、セレンが言った。
「大変だったわね」
わたしが驚いて左を向くと、セレンは何てことないように果物を手に取った。彼女の奥でカツミが炉端に座った。
「さあさあ、晩にしましょう」オーキナがそう言って、手を打つと、カツミは器に入っているスープを飲み始めた。わたしの前にもある、深めの土器の、何かを煮込んだものだ。皆が食事を始めたので、仕方なく、わたしもそれを持ち上げてすすった。食事をしたいとは思わなかったが、温かい液体が胃に降りてゆくのが感じられた。
「あまり、沢山でないほうがよかろうとのことで、今日は儂らだけですが」
オーキナはそう言うと、手に持った器のなかのスープをかき混ぜた。
「ソウズケもありませんが。セレンが、そのほうがよいだろうとのことで」
わたしはそれを聞いて、また隣に座っているセレンを見た。彼女は特に何も言わず、コップのような器から水を飲んでいた。彼女の座っている前には、何も置かれていない。周りを見ると、囲炉裏の正方形の隣の辺には、カツミが座って、その前には、わたしの目の前に並んでいるものとほとんど同じような器が並んでいる。右の辺に座っているオーキナも同じだったし、焚き火の奥の、トムジの前にも同じような構成で土器が置いてあるのが見えた。わたしは、自分の前に、ちょうど良く食べ物が置いてあるので一人分かと思ったが、本当は、すぐ隣に居るセレンと分け合うんじゃないかと気付いた。
「ごめんなさい、あなたも食べるんだった?」
わたしは、そのまま手に取って飲んでしまったスープを、セレンの方に置いた。セレンはそのスープを見たけれど笑って、向こうから左手を伸ばすと、自分とわたしの膝の間に戻した。
「いいわよ、わたしは。あなた食べなさいな。食べられるだけ食べておいた方がいいわ」
そう言っていると、火の奥で、トムジが長い箸を持ち、焚き火に突っ込んだ。ごそごそと、やがて灰から、大きな塊を取り出してきた。少しおいて、灰を払い始めると、大きな葉に包まれたものが見えてきた。
トムジが葉を開くと、中から、ゆげを上げる分厚い肉のかたまりが出てきた。彼女は石のナイフを握りしめ、切り分けているようだった。皿に盛ると、その皿をカツミに渡し、それがセレンの手に渡って、わたしのところに来た。
肉を盛った皿は、オーキナにも渡され、カツミのところにも行き、トムジ自身のところにも置かれた。肉の蒸焼きが分配されたらしい。わたしのところにある、乾いた皿に置かれた肉の切り身を見つめていると、オーキナが言った。
「お召し上がりになりませんか」
オーキナは、気遣わしげにわたしを見ていた。
「いえ、いただきます」
脂で光っている、あたたかいひと切れを摘んで口に入れた。舌の上で肉の旨みが広がり、鼻の奥で包んであった葉っぱの良い薫りがした。この料理は、相当な御馳走であるということが、言われなくても分かった。これもミヨウヤの肉なのだろうか――多分、そうだろう。
「どうですかな」オーキナが、わたしに尋ねた。
「とても、美味しいです」
「それは、よう御座います」
わたしはもう一切れ摘まみ、口に入れて噛んだ。カツミも奥のトムジも、黙々と同じものを食べている。横に居るセレンを見たが、彼女だけは、ただぼんやりとしていて、何も口に入れずに、炎を眺めていた。
「儂らも昼話し合ったのですが――」
わたしはオーキナの方を向いた。オーキナは肉の並んだ皿を見ている。
「なかなか意見がまとまりませんもので――サンナサマは、失礼では御座いますが、何か良き案など浮かびましたかな」
カツミとトムジは、黙って物を食べていた。わたしは、噛んでいる肉が急に味気なく、飲み込み難いものになっているように感じた。
「それは……まだ」
「ちょっと、まだ難しいわ、二人で話し合っているけれど。難しい――大変に困難な業(わざ)ですから」
驚いて左を見ると、心ここにあらずという感じで、ただぼんやりと火を眺めていると思っていたセレンが、オーキナの方を向いていた。オーキナはわたしとセレンの顔を見比べ、どちらにともつかず、言った。
「そうですな――大変に難しい。その通りで御座います。儂らでは何とも出来ん。何とかサンナサマの偉大なる御力で、事が上手くゆくようにと、お願い申し上げております」
わたしはオーキナを見、次に隣にいるセレンを見た。セレンはまた、何とも無関心になって炎を見つめていた。瞳に囲炉裏の赤い火を映している。しかし、少しすると、彼女は立ち上がった。
「ニワに行ってくるわ」
そう言うと、カツミの後ろを通って、トムジの奥の方にある出入り口から、外に出てしまった。わたしはよく分からないまま、セレンの、腰より長い黒い髪が、水のように流れていくのを目で追っていた。
「そうじゃ、カツミ。これを――。こっちこい、こっちこい」
オーキナはそう言うと、カツミの方に向かって手招きをした。カツミはそれを見ていたが、おもむろに立ち上がった。
「なんじゃい」
カツミはわたしの隣に身体を入れた。わたしが反対の方に目を向けようとすると、オーキナが傍らに置いてあった何かを手に取り、こちらに差し出した。筆入れのような、皮の袋――何か硬そうなものが入っている。
「さっき砥ぎ上がったんじゃが、出来が良いのでな。おまえにやろう。ミヨウヤ狩りに役立ててくれ」
滑らかに膨らんでいる皮の袋をカツミは受け取ると、皮をめくって中身を出した。白い、竹刀の柄のようなものが露わになった。電球や陶器のマグカップのように、白くつるつるしている。片手ぶん、握れるよう、乳棒のようになっていて、尖端は鋭く尖り、杭のようになっている。
カツミはそれを手に取り、表裏と眺めまわした。
「あのミヨウヤが、こんなもので何とかなるとも思えんがのう――」
「そうかも知れんが、一番良く仕上がったのでな。まあ、おまえは自前の黒葉があるが。他に渡すか?」
カツミは、長い指先でくるりと回し、握りを変えたり――尖端に人差し指を当てたりしていた。が、やがて――。
「いや……貰うとこう」
そう言うとそれを、元のように皮の袋に包んだ。わたしは、つるりとした石肌を見ながら、あんなものが、どうやって出来るのかと考えた。
その後、あまり会話も無いまま食事が終わった。カツミとトムジは一言も話さず、オーキナとは二三、言葉を交わしたが、わたしは、出来ることならこの場から離れたかった。わたしが話したいことは一つもない――が、オーキナがわたしに、聞きたいことは、あるだろう。オーキナは沈黙を保っていたが、背後にある「どうするつもりなのか?」という鉛のような空気は、ウロの四隅の暗闇と一つになって、わたしには見えるようだった。
どちらも口を開かず、わたしは胡坐の足を組みかえたり、床の蔓を触ったりし、オーキナはただじっと、炎を眺めながら静止していた。気詰まりで、枝の爆ぜる音も、火の目に入るチラつきも、異様に誇張され――それなのに、死んだようにどこか遠くに在った。わたしは前に置いてあったコップを手に取った。そのとき、カツミが言った。
「わしゃ、自分のとこに戻るぞ」
そう言うと、すくっと立ち上がり、床から皮の袋とコップを拾い上げ、水をぐいっと飲むと、さっさと立ち去ろうとした。わたしはそれを見て、とっさに言った。
「わたしも――ちょっと、外に出ます」
立ち上がったわたしを「何だおまえも来んのか」という風にカツミは見ていたが、すぐに、わたしを後ろにして歩き出した。連れだってトムジの横を通るとき、わたしは、根の生えた石像のようだ――と思った。その瞬間、低い声がした。
「ニワには行ってはならんぞ」
それはトムジの出した声だった。わたしは不意に――ドキリとした。前を歩いていたカツミは立ち止まると、こちらを振り返って言った。
「分かっとります」
そう言うと、戸口へ歩いて廊下に出て行った。わたしは振り向き、ウロの中を見た。オーキナは、ただ黙って火を見ている。トムジは、ずっとこちらを背にしている。彼女には、時間が流れていないように見えた。終わりから始まりまで――変わらず、森の奥にある石の像を見ているようだった。
西の端のウロを出ると、カツミの姿は無く、わたしは慌てて蔓の廊下を歩いて行った。角を曲がって、エレベーターの木のところまで行くと、カツミが居て、その正面のウロに入っていくところだった。ウロの外から覗き見ると、カツミは中に居るヒトたちと何か話し、やがて壺を持って出て来た。暗がりに、カツミの顔がぼんやり赤くなっている。脇を通り過ぎたときに壺を覗くと、赤黒くなった火の点いた杭が、なかに何本か入っていた。エレベーターの木の前に来て、カツミは壺を片手に持ち替えると、右手一本で蔓縄の梯子を登って行った。
慌てて近づき、エレベーターの、井戸のような竪穴から上を覗くと、ギシギシガサガサという音と共に、ぼんやり赤い光が上って行った。ろうそくの灯のように井戸の中で丸く、縄梯子の蔓の繊維や、木の檜皮、見たこともないエレベーターの内壁、カツミの肩――一つ一つを、鮮やかに、赤い影で浮かび上がらせていた。ガサガサと上で音がすると、カツミは壺を持ち上げ、屋上に置いた。そして、プールから上がるように、自分の身体を持ち上げた。
庭には、行かないんじゃ――?と、カツミが消えた跡の、暗闇の天辺をしばらく眺めていた。エレベーターは、上は木の葉で塞がれ、梯子の蔓は――額の上でさえ朧で、それより上はもう闇に溶け込んでいた。半歩後ずさり、下を覗くと――足もとのスニーカーが、白く茫としているだけで、ずっと何も見えず、湿った冷たい空気を嗅ぐだけだった。急に、身体が震えだした。初めは、少し寒いかもしれないと思っていたのが、抑えきれないように――身体がブルブルブルブル震えだした。両腕をギュッと掴んでも収まらず、地震で周りの方が揺れているように、ガタガタガタガタ止まらない。
わたしはしゃがみ込んで、膝をついた。なぜ――こんなに怖い思いをしているのか、分からなかった。暗いところも、高いところも、それほど苦手ではない。それなのに――身体の震えが止まらない。わたしの意思とは無関係に、筋肉が、神経が、揺れている。
「おい、来んのか」
穴の上からカツミの声がし、震える身体を立たせて「搭乗口」の前まで進んだ。別に、登ろうと思わなければ、縁に立っているだけならば、怖いこともない――と心のなかで言った。わたしは目の前の縄梯子を見た。特に怖いとは思わない。木があって、粗末な梯子がぶら下がっている。エレベーターの縁取りの中で――しかし、その縁は、ガクガクと揺れている。とりあえず、登ることは考えていない。絶対に上に行かなければならないわけではないし、無理する必要は無い。頭は冷静に動いている。怖いとは感じていないはずだ。でも、揺れは一向に収まろうとしない。
わたしの頭は上を見上げていた。縄梯子の先の暗闇を見ている。身体は変わらず震えていて、とりあえず少し離れようかと思った。とりあえず、少し――身体が、動かなかった。足を戻そう、戻そうと思っているのに動かない。「怖いなら、下がればいいじゃない」わたしは、そう身体に言った――が、それでも動かなかった。わたしは、ただじっと――上を見つめている。喉を冷気に晒したまま、石にされたように固まっていた。わたしの中で何か、こころ――でも、からだ――でも無いものが、わたしの中の、どこか真ん中あたりから、正反対の二方向へ、伸びようとしている。その力が釣り合って、わたしは静止してしまっている。動けない。
その時、また――わたしは石像から抜け出て、自由にでもなったかのように、「自分」から少し離れた。今、こうして平衡を保っている間だけ、浮かび上がって来るらしい。わたしは、止まっている自分を見ながら、戻ればいいのに――と思った。足が震え、手が揺れる。「なら……上ればいい」と、わたしは言った。「本当は上りたいと思っているんじゃないか」わたしの考えていることは、何となく分かる。「上ってみればいい。梯子の蔓に手をかけて」「上ってみればいい。しっかりと縄を踏み」「上ってみればいい。腕を伸ばして次の蔓を攫み」「上ってみればいい。左手に力がこもる」「上ってみればいい。何も見えなくても手探りで」「上ってみればいい。カツミは、片腕でここを上ったのだ」「上ってみればいい。膝を持ち上げ、自分の身体の重さを知る」「上ってみればいい。葉が顔に当たる」「上ってみればいい。あと、もう少し」「上ってみればいい。もう少し」「もう少し」「もう少しだ」
わたしは、腕を地面に掛けた。もう片方の手を、枝を払いながら屋上の縁に置こうとした。そのとき、腰の下で右足が梯子の上を滑った。落ちた――と思った。けれど恐怖は無かった。ただ、真っ逆さまに、闇に呑まれて行くんだなと感じた。真っ逆さまに、ずーっと落ち続けて行くんだ……。
「おい」
いつまで、フリーフォールは続くのだろう。いつか、どこかに降り立つときが来るのだろうか。
「おい、おまえ。おい……三奈!」
わたしは、はっと目を開けた。カツミが――手を伸ばして、わたしの右腕を持ち上げていた。
「はよ、上れや」
カツミはわたしの腕を持ち上げると、ガサガサという音と共に、わたしの頭を茂みに出した。わたしは片手を縁に掛け、足で綱を探った。何とか太腿を持ち上げ、屋上に降り立った。
一瞬、大雨に降られたかと錯覚した。玻璃を砕いたものが、砂金に砂銀が、音を立てて降り注ぐ。雨飛礫が激しく打ち付け、怯んで目を閉じた。そしてまた、ゆっくりと目を開いた。そこには――満天の星が広がっていた。
カツミが、庭の先へ歩いて行く。わたしもその後を付いて行った。夜の、屋上の庭を歩きながら、周りを見ていた。ざわざわと、そこに、わたしという存在が、新しくやって来たのを知るかのように、星空は騒いでいる。今、わたしを囲んでいる空は、わたしが今まで見てきた夜空とは、根本的に違っていた。遥かに立体的で、動的な空。星々は、明暗、大小、色の違い、一つ一つ瞬いて、多く集まっているところと、少ない所と、見るたびに変わり、揺れ動いている。無限に存在する星のひとつひとつ、一つ、一つが、煌めき、輝いているのが、わたしを圧倒させる。どの星も、光を放っているのだと。
わたしたちは、観測所の前のベンチまで歩いた。粗末な木のベンチの前に、さっきカツミが持っていた、火の入った壺が置いてあった。そして、その前にセレンが居た。長椅子に、わたしはセレンの隣に座り、カツミもセレンの隣に座った。
「あなたも来たのね」セレンはわたしの方を向いて言った。
「うん、何してるの」
「ちょっとこうやってね」
そう言うと、セレンは懐から縮れた葉っぱのようなものを取り出して、壺の中にぱらぱらと播いた。壺の中には、簡単な、落とし蓋のようなものがしてあるらしい。やがて、中のものが燻され、煙が上がって来た。そうすると、セレンは壺に顔を近づけ、ゆっくりとその煙を吸った。奇妙な、甘いにおいが漂った。
セレンは星空を仰ぎ見て、口から煙をはき出した。わたしは隣に居て、何か、悪いことをしているのを見ているような気持になった。セレンはぼんやりと星を見ている。わたしはカツミに話しかけた。
「あなた、庭に来ていいの?」
カツミはベンチの端に、横を向いて座っていた。
「ああ、ここは本当は、ミコしか来ちゃいけないんじゃ」
そう言って、横を向いたまま辺りを眺めている。別に何も、気にも留めていない感じだった。
「おい」
カツミが、わたしに呼びかけた。わたしは甘いにおいを嗅ぎながら、星の騒ぐのを見ていた。
「なに?」
カツミは暗い中で腰に手をやり、何かを取り出すと、腕を伸ばした。セレンの胸の前を横切り、わたしの顔の下に来たのは、細長い皮の袋――ウロのなかで見た、白い杭の入った袋だった。
「やる。お前が持っとけ」
わたしは、カツミの手に握られているそれを見ながら、言った。
「何で、あなたがオーキナさんから貰ったんでしょ」
「わしゃ、いらん。石刃も持っとるし、おまえが持っとけ」
「……」
「はよ、取れや」
セレンが横目で、わたしの顔の前にある袋を見ている。わたしは、その先を掴んで受け取った。
「それは、何?」セレンが見ている。
「さっき、オーキナさんが渡した石の杭――」
わたしは、すべすべと滑らかな、なめされた皮をめくって、中身を取り出した。つるりとした白い、石の杭が出てきた。握ってみると、陶器の棒のようにぐっと硬い。握りは滑らかで、手のひらに吸い付くようだったが、尖端は、一点を目指して鋭く尖っている。先のほうを眺め渡していると、ちらりと奇妙に光った。何だろうと思い、角度を変えながら――円錐の側面のような部分を、じっと見ていった。あるところで、また少しちらっと光る。よく見ると、雲母のような結晶があるのか、ホログラムのようにキラキラしている所があった。そこを撫ぜると――細かい粒子で滑らかでも、削られている部分は、乾いた砂のように、汗を吸うような感触がするのが分かった。
「とてもいい出来ね。持っておきなさいよ、きっと役に立つわ」
「そうかな……」
何となく奇麗で、美しいものだとは思うけれど、少し遠ざけておきたいような感じがした。先の尖った、凶器だからだろうか。わたしは皮に包んで、それをしまった。
甘いけむりが漂う。わたしは星空を眺めていた。辺りは波の音のように騒がしく、胸を突くように静かだった。
「これを持ってきたのだけれど、食べてもいいかしら」
セレンは懐から何かを取り出した。それは、わたしの持って来た板チョコだった。
「いいよ」
「何じゃそれは」
「チョコレイトよ。すごく甘いの。サンナサンのところで作られたものよ」
カツミは、チョコレートの包み紙をじっと見ていた。
「カツミに、あげてもいいかしら」
「いいよ、わたしにもちょうだい」
彼女は包み紙から、銀紙に包まれたチョコレートを滑らせた。パキッ、パキ――と割る。手慣れたものだった。
「甘い、メはどこでも甘いものが好きじゃの」
「あなたも好きでしょう?」
チョコレートが舌の上で融け、口の中で広がった。そのとき、わたしはまた、自分から離れた――というよりも「今」を、思い出のように未来から眺めている。
「すぐに口のなかでやわらかくなってしまうのね」
「あっというまに、融けて無くなってしまうんじゃな」
わたしはただ、身体を反らして星を眺めていた。
「星が綺麗じゃの」
「まったく別の場所、違う時からやって来ているのよ。あの星も、あの星も――」
わたしの目に、星空の下の、直方体の観測所が映っていた。
「二つ並んで見えるがの」
「場所も時も、遥かにずれているのよ。一緒になって見えるだけで」
そのとき、彼はささやくように言った。
「お前もか?」
「わたしも――あなたもよ。交わっているように見えても、遠く離れて」
わたしは――身体を反らし、瞬く星を見た。わたしたちが居るのは、屋上の庭、蔓草に覆われたマンションの上、永遠に広がる静かな森の真ん中。わたしはその時に、見たのだった。二日後に、ミヨウヤがニカイにやって来るのを。その時、わたしたち三人がどうしたのかを。そして、その後――わたしたちがどうなっていくのかを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます