璞について分かった事

 智恵を送ったのち、風遥達は神社に帰る道すがら雪形探しをしていた。先日レヴァイセンに“たねまきじいさん”の話を聞いてから数日経っているので、そろそろ見えるのではないかと思ったのだ。

「どこだ……」

 しかしレヴァイセンの不確かな記憶だけではそれらしい姿の発見には至らない。智恵に聞いておけば良かったなと思ったほどだ。

『……やっぱり、見当たらねえな……』

 狛犬状態のレヴァイセンも空中で一旦停止し山を見つめているが、やはり見つけられていないようだ。

 すると――


「見てましたよ、神主はん」


『「!!」』

 背後から突然声が聞こえたので振り向けば、予想した通りの人物がそこにいた。

「璞の浄化、お疲れ様でした。

 とーっても、カッコよかったですよぉ?」

 着物姿の璞がくすくすと笑いながら宙に浮いている。レヴァイセンはコクトに向けて低く唸った。

「全部あんたの仕業だったってのは、分かってるぞ」

 風遥は犯人を睨みながらそう言うと、ひらひらとわざとらしく手を振る。

「仕業だなんていけずやなあ? わえは、わえ達の事……知ってもらいたいだけですのに」

 裾を口元に当てて上目遣い。だが揺さぶられる感情は不気味さだけだ。

「……知ってもらいたい、だと?」

「だって神主はん――わえ達のこと、知りたいんでしょう?」

「!!」

 何でそれを、と動揺しかけたが、直ぐに隣町の陽使の姿が浮かんだ。確かに彼はあの時主と一緒に話を聞いていた。

「……また、ソラリスに聞いたのか?」

「乙女の秘密、ですわぁ」

 本来敵対するはずの存在同士とは思えない繋がりに溜息をつくも、どういう訳かはぐらかされた。

「でも、そう言ってくれて、わえ、とっても嬉しかったんですよ?」

 ただ言葉通りコクトは上機嫌に笑っているので、その点は幸い、なのだろうか。

「……じゃあ聞くが……璞は、放っておくと全部ああなるのか?」

「はいな。あの人については、わえがちょっと成長を早くしておきました」

「……!」

 今回のからくりはそういう事らしい。璞を寄生させて風遥の元に仕向けたり、寄生済みの璞を意図的に成長させたりと……璞使いとでもいうのだろうか、本当に厄介な存在だ。

「せやけど都会の方ではああした光景は日常茶飯事。わえがいなくても、どんどん成長しはりますよ」

「そうなのか……」

 そう言われてふと浮かぶのはミカゲの事。マリモは大丈夫だと思いたいが、璞が日常的にいる状態だと、他の璞との接触も多くないかと心配になる。

「少しは分かりましたか? わえ達の事」

「ああ」

 小首をかしげて問うコクトに、半ばげんなりしながら頷く風遥。今回の件で祓廻りの重要性は身に染みて分かったし、これを未然に防ぐことに全力を挙げる分には構わない。が、コクトに振り回されないことが大前提にある。

「……だから、もう町の人を巻き添えにしないでほしい」

 なので正直にそう伝えるが、それは一種の降参でもある。都会と同じような感覚で毎日このような事象が発生したら、流石に精神を病みかねない。

「………。

 はあい、分かりました」

 コクトは暫く考えるそぶりを見せていたが、にっこりと笑顔で頷いた。

『風遥、それで良いのか? 野放しにしてたらまた他の人が……』

 その対応はレヴァイセンには納得がいかないらしく、こちらを見つめてきた双眸も不満げだ。


「そうそう、狛犬はん――サカヅキはんは、お元気にしてはりますか?」


『……ッ!?』

 が、そう問われた途端、レヴァイセンの身体はびく、と大きく震え、毛が波打つように逆立った。

「その様子だと、もうすぐ会えますかね?

 わえ、楽しみにしてますからね……」

 一体何の話だろうか、風遥は理解できないままコクトはすーっと消えていく。

『っくそ、また逃げられた……』

 レヴァイセンは舌打ちをひとつ。ただ、風遥からすると、寧ろ捕まえる事は困難なのではと思っているので、特に悔しさなどは感じない。

「誰だ? サカヅキって」

 寧ろ今は新しく出てきた人名の方が気になるので聞いてみるが、レヴァイセンは俯いてしまう。

『……分かんねー、けど……何か、引っかかる……』

「そうか」

 その様子から全く心当たりがないというわけでは無さそうだが、理であるレヴァイセンにしては物言いがはっきりしないのが少し気になった。

 


 夜、風遥は風臣の元へと向かった。晴市の件と、そこから分かった璞の事について話したかったのだ。

「父さん、今日なんだけど――……」

 そして一通り話すと、風臣はうんうん、と深く頷いてから微笑む。

「……そんなことがあったんだね。それは大変だったでしょう」

「うん。正直、あの空間はもう懲り懲りだ」

「でも、レヴァイセンとちゃんと協力して、晴市さんに支障を残さず浄化できたのは凄いことだよ」

「そうなのかな……」

 確かに晴市に後遺症を残すことなく浄化できたのは良かったのだが、それが凄いと評価されることには素直に受け取って良いのか悩む。神主の仕事として、最低限出来なければならない事だと思うからだ。 

「そうだよ。だから、もっと自信をもって良い」

「……うん」

 けれど風臣は更にそう褒めてくれたので、それで良いようだ。少し気恥ずかしいが、嬉しさが勝って口角が上がる。

「それで、璞の事は分かってきたかい?」

 が、続く質問には暫し閉口。回答はもう出ているのだが、ここは風臣の期待に添えられないと分かっているからだ。

「………そう簡単に理解できない、という事が、分かった」

「ははっ、そうだね」

 ぽつりと呟けば、風臣は笑って共感してくれたので、その回答もあながち間違ってはいないという事だろうか。

「それに、コクトの事も全然だ。もう町の人には手を出さないように言ったが、聞いてくれるかどうか……」

 溜息をひとつ添えてそう言うが、意外にも風臣は小さく微笑んだままだ。

「……多分、大丈夫じゃないかな。確かに好き放題しているように見えるけど、一線は超えてない」

「そうなのか?」

 風遥は首を傾げる。自分としては出会い頭から散々振り回されているので、風臣の言う“一線”の意味が分からない。

「うん。だって、どれも風遥とレヴァイセンの2人で十分対処できる範囲内だからね。

 ……風臣本人の意見とは違うと思うけど、もし私がコクトだとして、本気で君達を困らせたいなら――もっと一度に多くの人たちに璞を寄生させ、一気に成長させると思うから」

「っ……!」

 なので、その端的にして考えたくもない“本気”にはゾッとした。そう言われると確かに、コクトは風遥達を翻弄するにしてもある程度考えてくれているのだろうか、と、思えた。

「とはいえ、次からはどう来る分からないし、あの璞を警戒するに越したことは無いよ」

「うん。

 ……そういえば、父さん」

「何だい?」

「サカヅキさんって知ってる? レヴァイセンの知り合いらしいんだが、どうもレヴァイセンは覚えていないみたいなんだ」

「サカヅキ? ……うーん……」

 暫し首を傾げて考えていた風臣だったが、最終的には首を横に振る。

「……私の記憶にはなさそうだ」

「父さんも分からないのか……」

 風遥よりも神守町の住民たちに詳しい風臣にも分からないとなれば、理なのだろうか。ただ、コクトから名指しされ、「そろそろ会える」と喜ばれる理が一体どんな存在なのか……さっぱり分からない。

 今後風遥にも関係してくるかもしれないし、レヴァイセンが思い出してくれていると良いのだが。新たな懸念事項の発生に、胸中でひとつため息をつく。


 その間風臣はどことなく真面目な表情で風遥をじっと見つめていたが、ふと微笑んで……

「風遥」

「ん?」

 やや俯き気味だった視線を風臣に向けると、その白斑眼鏡の奥で若竹色の双眸が優しく細められた。

「次困ったことがあったら――レヴァイセンと一緒においで」

「いいの?」

 少しだけ前のめりになる風遥。風臣としての情報が足りないから、と風遥以外の関係者にその存在を知らせないよう言われていた訳だが、それが解禁となると、風臣としての振る舞いが完璧に近くなったということなのだろうか?

「ああ。

 ……そろそろ、私のサポートも総まとめに入るんだ」

「えっ……?」

 しかし続く言葉に、ざわりと胸の内が不穏を感じ取る。その言い方は、まるで……。

「君が神主になった時、ここの空間は、風臣の力の残滓で満ちていた。

 でも今は、風遥の力が混じるようになってきた。さながら換気みたいにね」

 そう言いつつ、柔らかな明るさに満ちた部屋を見渡す風臣。その視線を追うように風遥も見渡してみれば、冬の夜の月を思わせる青白い小さな光が、蛍のような軌道を描いていくつも風臣の周りを舞っているのが目に入った。

 ……思えば、この光は最初の頃には見られなかった現象だ。

「だからそれが完全に入れ替わった時、私は神器の一部に還るんだ」

「そんな、父さん……」

 思いもよらない宣告に胸が締め付けられる。やっと仕事に慣れてきて、風臣との会話もより深い内容になってきたというのに。

 勿論独り立ちするまでの間のサポートと言っていたのも覚えているし、雑談は出来ないのは分かっている。それでも、いざ別れの時が近いと言われてしまえば、まだ早すぎると、風遥は首を横に振って抵抗する。

「……あれっ、どうしてそんな悲しそうな顔をしているんだい、風遥?

 一人前の神主になるって事だから、もっと喜んでいいのに」

「!!」

 けれどきょとんとした表情で、そう言われてしまえば――風遥の意識が、一瞬だけぐらつく。

「……っ……」

 双方の温度差、あるいは距離感の著しい乖離。それをまざまざと突きつけられた時、強い脱力感に見舞われる。……この感覚は、2度目。

「……風遥?」

 目の前の彼は、他ならぬ本当の風臣が遺した、父親代わりの存在。自分も当時の記憶を失っているとはいえ、実に13年ぶりの再会となる。

 だから例え短期間の邂逅だったとしても、その別れは死別に近い程に辛いというのに、目の前の“父親”は……。

「……そう、だよな……」

 一端たりとも理解してもらえない事への絶望あるいは、必要以上の感情移入をしてしまった事への後悔。

 それが虚しさを伴った諦めになるのに、そう時間はかからなかった。

「……もう行くよ。おやすみ、父さん」

「うん。おやすみ、風遥」

 ショックを受けているという感情を出さずに立ち去れた自信がないのだが、見送る風臣の表情は、いつもと全く変わらぬ笑顔だった。

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