第26話
「ディナーができたぞ!」ロイの大声が二階に響き渡る。
趣味の合わないマイクのCDコレクションを物色していたエドウィンはステレオを止め、ダイニングルームに駆け下りた。食卓にはフライドチキン、マッシュポテト、マカロニチーズと棒状の揚げ物がそれぞれ大きな皿に山盛りに並んでいる。
「これが本場の南部料理よ」
クリスタルは嬉しそうにグレイビーの入ったボウルを食卓に置く。エプロンには油のシミが飛び散っていて、自分たちのために一生懸命料理をしてくれたという事実に感謝し、またほぼ他人に近い存在だったこの従姉妹の事を少し身近に感じた。
ほどなくしてカズマが寝ぼけ眼をこすりながら降りてきた。この短時間で昼寝ができるカズマをエドウィンは少し羨ましく思う。
「みんな揃ったし食べようか。クリスタル、今日の祈りを頼んでいいか?」
エドウィンは意味がわからず周りを見渡す。そしてロイ、クリスタル、そしてカズマまでもが着席し目を閉じるのを見て、慌ててそれに倣った。
「神よ、今日は日本からの大事な私達のファミリーが訪れました。このよき日に感謝します。彼らと共にあなたから頂いた神聖な贈り物を頂きます。アーメン」
ロイとカズマが「アーメン」と繰り返すとエドウィンも戸惑いつつおうむ返しする。神を信じてるとは思えないカズマが当然の如く祈っているのが何だかおかしかった。
目を開けると同時にカズマはカリカリに揚がったドラムチキンに素手でかぶりついた。エドウィンは拳大の胸肉を遠慮げにトングで掴むとナイフとフォークで一口大に丁寧に削いで口に放る。
ロイは二人の対照的な食べ方を興味深そうに観察し、エドウィンに尋ねた。
「ジェフとは普段どういう事を話すんだい?」
「父、仕事、忙しくてあまり会わない。僕も学校忙しいし」
エドウィンのつたない英語に注意深く耳を傾けていたクリスタルは、身を乗り出した。
「お父さんからジェフ叔父さんの昔の話とかしてあげれば?」
ロイはそうだな、と呟くと、急に改まった様子で話し始めた。
「ジェフは小さい頃から変わり者でね。僕らはアルバカーキっていう街で生まれ育ったんだけど、そこはインディアンやメキシカンの人口が多くて、それぞれにコミニュティがあったー僕ら白人とはあまり関わらない、独自のコミュニティだ」
ロイがワインを口に流し込む間にカズマが訳そうとするが、エドウィンは手でそれを制した。大筋は理解できるし、自然な話のリズムを絶ちたくなかった。
「でもジェフは彼らー特にインディアンの連中と仲がよく一緒に遊んでたんだ。うちの父は保守的な人間だったので怒ったよ。『なんであんな危険な人種とつるむんだ?』と聞くと、ジェフは『奪うのが全ての白人より共存を理解しているインディアンの方が偉いんだ』なんて生意気に答えた。まだ十歳そこらでね。そんな風にいつも親を困らせてたよ」
エドウィンはいかにも父らしいエピソードだと思った。カズマは適当に相槌を打ちながら、三つ目のチキンに自家製グレイビーをたっぷりかけて齧りついている。ロイは話を続けた。
「オレもジェフの影響で、民族の本とかに親しむようになったよ。不思議だけど興味深い物語や神話がたくさんあったな。彼と違ってオレはクリスチャンである事をやめなかったけど」
カズマは口の中の肉を咀嚼し終えると、ロイに聞いた。
「あなたは進化論を信じてますか?」
ロイは迷わずにノーと即答した。カズマはやはりという表情で頷いたがエドウィンには半ば衝撃的だった。
「天国、地獄は信じる?」カズマは続ける。
「地獄があるかどうかはわからない。ただ天国はあるし、真っ当に生きていれば行けると思っているよ」
天国があれば死ぬのは怖くないんだろうか?エドウィンはそんな事を思ったがロイに聞く事はできなかった。
「ちょうど思い出したんだが、ジェフが昔に俺に教えてくれた話。聞きたいか?」
カズマとエドウィンは同時に頷いた。ロイは元々穏やかな口調ををさらにスローダウンさせ、できるだけシンプルな言葉を選びながら話し始めた。
「アフリカの森の中にピグミー族ってのがいるんだけど、彼らは割と最近まで森から一切出たことがなかった。ある日部族の一人が迷ってうっかり丘の上に出てしまい、目の前に広大な平原が広がっているのを初めて見た。それで彼はどうしたと思う?」
エドウィンはさあ、と首をかしげる。
「彼は怖くなって森にすぐ戻った。そして自分の見た事を誰にも話す事はなかった。まるでそれがタブーであるかのようにね」
話の意図が理解できず困惑した様子の二人を一瞥しロイは続けた。
「まあ怖がらずに、そのフライド・ピクルスを食べてくれ。南部名物だよ」
フライド•ピクルス?エドウィンは手つかずの棒状の揚げ物にフォークを刺し、恐る恐る口に放った。カラッと揚がったピクルスの表面は火傷しそうな熱さだ。噛むと酸っぱい汁が口の中で弾ける。
「おいしいか?」
エドウィンは中々飲み込めないフライドピクルスを口でもごもごさせながら頷いた。クリスタルはそのコミカルな仕草に笑いを堪えながら尋ねる。
「それで、あなた達のここでの予定は?」
まだ口を開けられないエドウィンの代わりにカズマが答える。
「君達に会う事がメインの目的だったから特にないよ。繁華街でも行って呑むか、映画でもみるか…。君は?」
「今晩、私の通ってる大学の寮でパーティーがあるんだけど、よければ一緒に来る?」
「もちろん!」
カズマは嬉々として即答した。やっとピクルスを咀嚼し終えたエドウィンが囁くような日本語で「嫌だ」と言うがカズマは気づかないふりをして続けた。
「これ以上ないアメリカ体験だ、楽しそうだな」
憮然としたエドウィンの表情をクリスタルが心配そうに覗きこむ。
「わかったよ」
自分と同じ遺伝子を持つ瞳の不思議な魔力に負けてしまった。この従姉妹と顔を合わせるのも数日だけなのだ。大学のパーティーなんて気がのらないがまた断る十分な理由もなかったし、何より彼女をがっかりさせたくはなかった。
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