第24話

緩やかなカーブを描く高速道路の先に、青い看板が陽の光に輝いて立っている。「ようこそ、音楽の都テネシー州へ」とウェスタン調の筆記体フォントで書かれたその看板は南部の歴史と文化の入り口を示しているかのようだ。


 アメリカ横断の五州目。カズマの運転するビートルの窓の外に時折見え隠れするのは巨大なミシシッピ川だ。年老いた木々が湿地帯の風を遮り、生ぬるい空気が車の中に流れ込んだ。


 大雨が降ったばかりなのか、川の水は茶色く濁り、川岸に粗大ゴミが散乱している。ドアを失った古い冷蔵庫、破けて中のスポンジが飛び出したカウチ、フロントが全壊した自家用車―。どうやってここに行き着いたのか、様々な容積の物体が当たり前のように投棄されていると、これも自然の一部である様にさえ思える。


「これが全米一の川、アメリカの魂だ」

 カズマは目を輝かせながら言う。エドウィンは「ゴミ臭い」と苦笑いして答えるとカズマは愉快そうに笑った。

「そう、これこそがアメリカなんだ」


 幹線道路に合流し三十分ほど進むと彼らの目の前にはメンフィスの活気に満ちたビール•ストリートが広がる。歴史あるバーや土産物店が立ち並び、「ロック発祥の地」「エルビスの故郷」といった大文字がそれぞれの店の前で強烈な自己主張をしている。白人の観光客の団体と、物乞いする黒人家族の対照がエドウィンの心にざわ

めきを残した。


「ジョニー•キャッシュもカール•パーキンスもこの街からキャリアをスタートした。同時にキング牧師が命を終えたのもこの地だ」

カズマは独り言のように呟いた。


 エドウィンは今から会う叔父のロイとどう接すればいいのかを考えると気が重かった。彼とは五歳の時から会っていない。ジェフによると彼は十年ほど前に離婚し、大学生の娘と二人で暮らしているらしかった。


「Long time no see. Thank you for your time…(久しぶり、時間を取ってくれてありがとう)その後なんだっけ?」

 エドウィンは車内でカズマから習った通り一遍の挨拶フレーズを復唱した。


 メンフィスの賑やかな中心街を抜けると、時間が止まったかのような静謐な並木道が広がる。ビクトリア調の優雅な家々がその道を縁取るように並んでいる。それぞれの家は緻密な彫刻や装飾が施され、日差しを受けて繊細な影を路上に落としている。華美なバルコニー付きの豪邸は「風と共に去りぬ」のヒロインが現れそうな風情がある。


 カズマは運転しながらカーナビの画面をチラリと見て、指示された住所を口にして確認した。

「テネシー州メンフィス市クーパー通り一四三四番」


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