第15話

 またアラームが鳴る前に目が覚めてしまう。エドウィンはまだ疲れのとれない体をカウチから起こし、開け放しの隣の寝室に目をやった。カズマとシャーロットはまだ寝ているようだ。


 昨晩のうちに旅支度を済ませたエドウィンは、Tシャツの上にヒートテックを二枚重ね着し、動きやすいスウェットとだぶついたカーゴパンツを装着した。そしてコンロに置きっぱなしのケトルを火にかけ、冷蔵庫から巨大なインスタントコーヒーの缶を取り出し、コーヒーをスプーンで掬ってマグカップに入れた。


 すぐに手持ち無沙汰になり、壁にかかった写真や絵の数々を何気なしに観察する。コンロ傍に飾られた白黒のポートレート写真―狂気じみたカズマの風貌と眼差しは、日本人には見えなかった。


 出発予定時の二十分前なのに時間を決めた本人が起きてこない。エドウィンは湯を入れたばかりのコーヒーに一口つけると、これみよがしの大きなため息をつくが、そんな音がカズマの耳に入るわけもない。エドウィンは恐る恐る寝室に入り、小さな寝息を立てているシャーロットを起こさぬよう、カズマの脇腹を強めにつついた。


「あれ、もうそんな時間?」カズマは不機嫌そうに目をこする。

「八時まであと二十分」


 寝起きの悪いカズマは小言でぶつぶつ文句を言いながら寝室の奥にあるバスルームに入っていく。ドアを開けっ放しで歯ブラシをシャカシャカさせながら、同時に放尿をしているようだ。そしてトイレを流す音とシャワーの音がクロスフェードする。


 リビングルームで観光ガイドを読んで時間を潰すエドウィンの前に、昨日と同じジーパンとボマージャケット姿のカズマが現れる。右手に持った茶色いボストンバッグは大きな瓢箪が入っているかのようないびつな形をして、はち切れそうだ。まだ起こしてから十分も経っていないカズマの素早い準備にエドウィンは舌を巻いた。


「まだあと十分寝られたのに」

 カズマは無愛想に言い放つと、思い出したように寝室に戻りシャーロットの頬に軽く口づけをした。シャーロットはうっすらと目を開け甘く柔らかい声で呟いた。


「気をつけてね。クレイジーな事はしないで。あなたは…自分が思うより繊細なんだから。私は知ってるの。私だけは知ってるの」

「うん。また電話する。I love you, baby.」


 カズマはシャーロットの訴える様な甘い眼差しから目を逸らし、逃げるように部屋を去り、そっとドアを閉めた。

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