第6話
「どうせお前には自分のやりたい事がわかってない」
父が自分に放った言葉がエドウィンの頭の中で響いていた。その通りだ。彼の言う事さえ聞いていれば生活は保障される。彼のおかげで自分は就職活動という重圧からも逃れられた。自分一人では社会に押しつぶされてしまうだろう事もよくわかっている。そして現に今も自分はその父ジェフに言われるがままニューヨーク行きの飛行機に乗ってしまっているのだ。
エドウィンは頭を窓枠にもたれ、小さな窓の外に目をやった。離陸に向けて機体が滑走速度を上げる。そして成田の大地をどんどんと下方に遠ざけ、分厚く重たい雲に飛び込んだ。
隣に座る若い女の二人組は今向かっている「自由の国」への出発にはしゃいでいる。ニューヨークで行きたいブランド店、「セックスアンドザシティ」の撮影ロケーションになった場所、どんな人種の男がタイプかー話題が尽きず話し続けることのできる彼女たちを羨ましくさえ感じる。
エドウィンは防音機能付きのゼンハイザーのイヤフォンを装着しスマホ内の曲をブラウズした。そしてブライアン•イーノが八十年代初期にリリースしたアンビエントの名盤を選び再生ボタンを押した。自分が今飛行機に乗っていることを忘れてしまいたかった。そして目を閉じ、深遠な音波とひたすら単調にループされるメロディに心を預けた。
「ビーフオアチキン?」
キャビンアテンダントの呼びかけで目を覚ます。不愉快だ。
「チキン」
中年で厚化粧のCAは大げさな笑顔で相槌を打つと、食事トレイを誇らしげにエドウィンのテーブルに置いた。硬そうな米にのったテリヤキチキンと、脇にくたびれた冷やうどんと枝豆が貧相に並んだだけだ。さすが聞きなれない航空会社の格安航空券。エドウィンは再びジェフに憤りを感じながら小さなうどんの固まりを勢いよく
すすり込んだ。
「Do you like UDON?(うどんは好きですか?)」
ひそひそ話をしていた隣の女が嬉しそうに話しかけてくる。見れば見るほど特徴のない風貌だ。きっとこの平凡さは顔のせいだけではないのだろう。その奥に座る連れの女も好奇な目でこちらを見て微笑んでいる。
「Yes」
外人扱いには慣れている。こちらもできるだけ会話を続けないように一言だけ返すと二人は顔を見合わせて意味深に微笑みあっている。
「Did you enjoy Japan?(日本の滞在は楽しかったですか?)」
エドウィンは心の中で大きなため息をついた。
「No」
女二人は少し気まずそうに顔を見合わせ、まるでこの時間が一切存在すらしなかったかのように自分たちの食べている貧相な食事の一つ一つを品評し始めた。今の時間がなかったとしても一切構わないし、この飛行機に乗っている時間が全て無くなろうが、大学生活すべてが消されたとしても別に構わない。エドウィンは同じアルバムをまた最初から再生し、音量を先ほどより少し上げて残りのチキンと枝豆を飲み込むようにかきこんだ。
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