第一話 「疾風の勇者」
わたしがこの相談所に来てから早一週間。どうやらここは王国から随分と離れた場所に位置しており、近くに住む人間はもちろんのこと動物さえもあまり見かけない。建物の裏手は崖になっておりその向こうにははるか広い大海原が視界に広がりここを地の果てだと理解させる。オッドさんにここの場所を王国周辺の地図で説明してもらおうとしたときに
「うーん、多分この辺...?」
と地図からはみ出した部屋の隅っこを指差されたときは思わず唖然としてしまった。
それとなんとなく感じてはいたがシアさんが魔法使いだということも教えてもらった。洞窟からここまで瞬間移動できたのも彼女の魔法の一つであるという。だが彼女の使う魔法はどれもかなり特殊な事情があるらしく、
「私の魔法に関しては口外禁止。もしだれかに言ったらピーチパイにするから...」
と脅された。オッドさんはこれに関しては「彼女もいろいろあるんだ、本当は優しい子だから気にしないであげてね」とこそこそと耳打ちしてくれた。
正直不安な気持ちや理解できていないことも多々あるが、自分の直感が二人が悪い人ではないと感じていたためこれ以上深くはとりあえず今は聞かないことにした。
最初こそ戸惑いもしたが頼まれた仕事と言えば掃除、炊事、洗濯など、正直教会で暮らしているときとあまり変わらない気がしてならない。というのも相談に来るという勇者、つまりお客さんがいまだ一人も来ないのだ。
この世界には「勇者」と呼ばれる神から力を授かったとされる人間が存在し、彼らが人間対魔王の長きにわたる戦争に終止符をうってくれたという、だが大規模な戦争が終わり百余年が経ったこの世界のあちこちにはまだ魔王や魔物の残党が残っているらしく、未だ勇者たちは残党狩りに勤しんでいるらしいのだ。ということを教会で幼いころに教えてもらっていた。
かくいう私は勇者という存在に一度も会ったことがなくその存在が幻のように思えた。
「いるにはいるんだけど大体は魔物討伐に行っちゃってるから普通には会えないかもねー。ま、うちで働いてくれてればいつかは会えるから楽しみにしときな?結構いろんな面白い能力の人たちで飽きないと思うよ。」
オッドさんの言う通り、神の力なるものを持った人間というのに会えるのは正直楽しみでならない。
(でもこんな場所に本当に相談なんて来るのかな...それに勇者さんが何を相談しに...ていうか勇者の相談にのるオッドさんって何者?!)
様々な疑問が頭を占領してくるがわざとらしく頭を横に振り雑念を吹き飛ばす。
(衣食住もらえてお給料ももらえるんだし、とりあえず今は仕事に集中しよう...)
現在勤しんでいる晩御飯づくりを再開しようとしたとき
リンリンリン
と来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。今日こそお客さん!と息巻いて入り口を開けたがそこにいたのはここに来て何度か見かけた配達屋の従業員であった。緑の作業服の胸元には「音速通運」と書かれている。
「いつもありがとうございます。荷物はいつもンとこに置いておきますね。あ、ここにサインをお願いします...ってなんかめっちゃがっかりしてません?!」
まずい、まさか表情に出ているとは思わなかった。できる限りの笑顔に表情を変え配達屋から急いでペンを受け取る。
「あ、サササインですよね!いつもありがとうございますー...あははー...」
急いで取り繕ったはいいが伝票に書くサインの汚さが心の動揺を表していた。お互いに気まずい時間が流れたが後ろからオッドさんの助け舟がようやく来てくれた。
「いつも早くて助かるよ~、あ、今回なに頼んでたんだっけ...」
「へへっ、あざますっ、で、え~っと、これg...
二人の談笑が始まったところで急いで晩御飯づくりに戻り、捌きかけていた魚を再び切り始める。一連の流れをキッチンの横の棚の上で見ていたシアさんが棚から飛び降り作りかけの料理をクンクンと嗅ぎながら喋りかけてきた。
「あんたってほんと感情がすぐ表に出て見てて飽きないわねー、心配しなくても勇者は待ってりゃいつかは来るわよ」
「お、お恥ずかしい限りで...」
「そ、それより今日の晩御飯ははシアさんが好きだって言ってた魚のパイですよ!!」
「あら、いい心がけね。三往復までだったら撫でてもいいわよ」
優しい言葉と毛艶の良い毛皮に思わず誘惑されたが、ぎりぎりと奥歯を噛み締め「い、今は仕事中なので...」と拒絶した。
やがて晩御飯が完成しいつも通り三人で食卓を囲む。シアさんは私が作ったパイに夢中に齧り付いており、心の中で(気に入ってもらえたー!)とほっと胸をなでおろす。にぎやかな食卓とは言えないが沈黙が続くこの食卓にもはや気まずさのかけらも感じなかった。ご飯の度に毎回「うん、美味しい」と言って微笑んでくれるオッドさんの言葉が不安になっていた自己肯定感を高めてくれる。
ご飯も食べ終わり食後のコーヒーを飲んでいるとふとオッドさんが話を始めた。
「さて、少し時間もあるし今までここに来た勇者の話でも聞くかい?」
「き、聞きたいです!!」
まさかオッドさん本人から過去の話をしてくれるとは思ってもいなかったので夢中で返事を返した。
「じゃあまずは勇者がどういうものかってところなんだけど...」
数分間、勇者がどういうものか教えてくれたオッドさんの話は要約するとこうだった。
・勇者の能力は一つとして同じ力はないこと
・定期的に力を開放しなければ能力に押しつぶされて息絶えてしまうということ
・また神がかり的な力の為か制御をできていない勇者も少なくはないということ
・力を手に入れたは良いが戦いたくない者もいること
「ま、そんな人たちの相談に乗ってあげるのが僕らの仕事ってわけなんだ」
そう語るオッドさんの表情は少し自慢げだった。だが今の話を聞いて驚いた。教会で読んだ本にはそんなことは一つも書かれていなかったからだ。自分が読んだ本には勇者を讃える内容の経典しか書かれていなかった。
「は、初めて知りました...私が読んだ本にはそんなこと一つも...」
「王国は勇者を絶対的な存在として知らしめたいんだろうね。彼らもただの一人の人間なのにさ...おっと話が逸れた、それである日僕たちのもとにある勇者が訪ねてきたのも、まさに日が沈んできたこんな時間だったかなぁ...」
一瞬遠い目をしたオッドさんであったがすぐに過去の依頼に話を切り替え語り始めた。
た、たすけてくれ...
「呼び鈴も鳴らさずに扉を急に開けてきて第一声がそんなんだから、僕もシアさんも最初は怪訝でね。でも彼の顔を見るとただ事じゃないってくらい憔悴してたからすぐに座らせ話を聞いたよ。で、彼の話によると自分は勇者で数多の魔物を殺してきた、と。だけど彼は自分が殺めてきた魔物の苦しむ顔が脳裏に焼き付いて日々悪夢を見せるようになってしまったんだ。無理もないよね、彼はもともとただの雑貨売りだったらしいから。戦争は体だけじゃなくて心も蝕んでいくんだ。続けて彼は自分が『疾風の勇者』だと教えてくれたよ。」
「し、しっぷう...?」
初めて知る勇者の力。その一つ目。
「うん、なんでも彼は通常の何百倍もの速さで動ける能力を授かったらしいんだよね。シンプルな能力だけど事はそう単純じゃなかったみたい。なんでもね、とてつもない速さで魔物を切り伏せていく彼には魔物の悶絶の表情や血しぶきがスローに見えるらしいんだ。数多の魔物を殺してきた彼がその一つ一つを忘れられないのも無理はない。」
戦闘経験のない自分が何とかそのグロテスクな映像を妄想しようと画策するが、ある程度頑張って想像したところで鳥肌が立っていることに気づいた。
「そ、それで彼はどうなったんですか?」
強引に話を進めてグロテスクな妄想を取り除く。
「憔悴しきってはいたんだけど彼の眼からは生気が完全になくなってるわけじゃないって感じたからさ、とりあえず一緒にここで生活してみることにしたんだ。それからはその記憶がなくなるくらい普通に暮らしてもらったよ。幸いにもここには魔物もほとんど来ないし誰かが絶対ここにいるわけだから話し相手にもなれるしね。それからたまにシアさんの魔法で深層心理を覗かせてもらって心を落ち着かせる薬を作って飲んでもらったりもしたかなぁ。日々彼の体調は良くなっていったし僕もこれで一安心だと思ってたんだけどね。」
「え、まだなんかあったんですか...?」
他人の過去の話ではあるが体に冷や汗をかいている。こめかみから垂れる汗が太ももを濡らし少しびくついてしまった。
「僕が彼の力の開放時期を見誤っちゃってたんだ、暴走した力は彼を飲み込んでいった。気づいた時には彼はそこにはいなくなってて...外に出ると見えたのは彼が残像だけを残し刹那のように暴れ回っている姿だったよ。」
ゴクッ...固唾を飲み込みより一層話に集中する。
「もうどうしようもないと絶望して自分を責めたんだけど...力の暴走状態はレベルがあってね、まぁとにかくまだ間に合うって自分に言い聞かせて考えを巡らせたんだ。」
「ど、どうしたんですか?」
不謹慎な話ではあるが話の続きが気になってしょうがない。
「彼の速さに追いつくことにした。」
・・・
「へっ!?」
返ってきたシンプルな答えに思わず情けない声が漏れた。
「僕も速さには自信があったからね、シアさんの魔法でさらに素早くしてもらって暴れまわってる彼と並走したんだ。」
「もうなにがなんだか...オッドさんがただの化け物じゃないですか...」
この際いいやと軽口をたたいてみたが目の前の彼は笑みを浮かべている。
「あはは、まぁそれくらいできないと勇者の相談になんてのれないしね。で、それで...」
~以下回想~
シュバッ!!ダッ!!!タンッ!!!!
オッドと疾風の勇者は並走するように地や空中を駆け、飛び回る。方向転換の際に唯一残る音は銃声のようだった。
並走しながら速さに声が置いて行かれないように大声で語り掛ける。
「ずっと君はこの速さで誰にも見られず孤独に戦ってきたんだね!でももう大丈夫、君が望むならいつでも僕が一緒にこんな風に世界を駆けると約束するよ!!もう独りじゃない、安心して!!!」
「ヴぁ、あ、あ、あ、あ...」
(ダメかっ...!)
「あ、あ、あり、が、とう...」
その瞬間、疾風の勇者を覆いつくしていた黒い靄は陰りを見せ徐々に普段の姿へと戻っていった。
空中で力の抜けた二人は急停止し地面へと落下する。疾風の勇者を抱きかかえ受け身を取ろうと体制を整えるが予想と反して急降下は遅延しフワッと二人同時に着地をする。
「ったく脳筋すぎんのよあんたは」
「っはは...ありがとうシアさん...」
それから気絶した勇者を店へ運び込み意識が戻るまでつきっきりで看病を続けた。
看病の甲斐もあってか三日ほど経った夜に勇者は目覚め、不慣れながらも身体を起こした。
「はぁぁぁ...よかったぁぁぁ、無事だった...!!」
オッドは安堵の声を漏らしそれに反応するように勇者は微笑んだ。
「暗闇の中で、僕を呼ぶ声がしました。とても暖かくて...優しい声、でした。オッドさんありがとう...」
「いえ、勇者が一人でも安寧に暮らせるようになるのが僕の使命ですから。ですが今回は僕もいろいろと経験不足だと痛感しました。本当に、申し訳ない...」
「ほんっとそれ!!私が助けれるのにも限度があるから!」
「め、面目もございませぬ...」
二人のやり取りに勇者はふふっと笑いベッドから脚を出し深々とお辞儀をした。
「お二人のお陰でトラウマを忘れることができそうです。力の暴走に関してですが...自分でも制御できるようにもうちょっと頑張ってみまs
その言葉にオッドはハッと何かを思い出し食い気味に返した。
「あ、それなんですが...」
~回想終了~
「それから!それからどうなったんですか?」
ずっと教会で平穏に暮らしてきた自分にとってこんな刺激的な勇者の話にここまで食指が動くことは必然であった。
「彼を戦いから遠ざけてある仕事を紹介したんだ。」
「ある、仕事ですか?」
「うん、まず普通にどこかで働くって言っても力の開放うんぬんで厳しそうだし、だから彼を社長にして会社を興すように説得したんだ。勇者だとばれると色々面倒くさいし身分を隠してね。」
突飛な話に一つの疑問が思い浮かぶ。
「でも...その仕事と力の開放に何の関係が?」
「彼にはね、配達屋をやってみないかと紹介したんだ。もちろん普通に勇者の力で配達するといつかはばれるから、シアさんの弟子の魔法使いってことにしてね。彼女は魔法教会方面に顔が利くからさ。」
「ばれたらわたしが怒られるってーのよ...」
ずっと黙って毛づくろいをしながら聞いていたシアさんがようやく口を開いた。むすっとした態度のシアさんにオッドさんは彼女の方を向き申し訳なさそうになだめ、話を続ける。
「まぁまぁ...で、彼の速さを生かした配送は方々で有名になってね。力の開放も定期的にできるし一石二鳥ってわけさ。今じゃ彼は悪夢も見ずに仕事に勤しんで幸せに暮らしてるよ。」
途中まで不穏な空気を見せた話であったが、ハッピーエンドに胸をなでおろした。だが勇者というものがここまでいろんなものを抱えているとは思いもしなかった。世間でもてはやされているヒーローも悩みの一つや二つあるということを知り少し胸の中にあったもやもやが軽くなったような気がした。
(私の悩みなんて勇者さんたちにとっては、些細なことなんだ...もっと、もっとこの人たちの役に立てるように頑張ろう...!)
「私も早くお二人と、勇者さんの力になれるように、もっと仕事頑張ります!!あ~、早く私も勇者さんに会ってみたいです!」
「ん?もう何回も会ってるよ?ほら、音速通運の彼。疾風の勇者。」
一瞬脳内がフリーズする。記憶が高速によみがえり数時間前のシーンまで巻き戻る。
緑色の作業服、胸元、『音速通運』
「!!!!?????」
「えっ!!!!えっ!!!!えぇぇぇぇぇ!!!!!!?????」
驚愕し立ち上がり椅子を転げる私を尻目に二人は意地悪そうに笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます