序章3
「ね、猫ちゃんがしゃべってる...」
アズは未だ唖然とした表情で目をぱちくりとさせている。それを見かねたシアは呆れた表情で溜息をつきながら返した。
「あんたねぇ...平和に暮らせるようになったとはいえ魔物が跋扈するこの世界で、今更しゃべる猫に驚く?、それに...」
小言を言い終えようとしたところでシアの視界が急に暗転する。
「喋る猫ちゃんだーーーーー!!!!!!!」
シアを抱きかかえ地べたをゴロゴロと転がり回るアズの表情は恍惚としており、誰の目から見てもその異質な存在を気に入っていることはたしかであった。
「ちょ、あ、あんた、やめっ、やめなs...」
じゃれ合う二人を横目に残された者通しで話を始める。
「シスター、最近街はどうですか?」
「そうねぇ...城下町ってこともあるし騎士団のお陰かここ最近はうんと平和になったわよ。最早ここの住民は魔王の存在さえも記憶から無くなってるんじゃないかしら。それに先日王国の御付きが勇者になったって噂もあるし...」
それまですました顔で聞いていたオッドだが「勇者」という単語が出ると思わず口角を上げた。
「相変わらず平穏に暮らせているようで何よりです。ですが...もし勇者様がお困りになってましたらぜひ最果ての地へ、と、お勧めを...」
わざとらしい言葉を並べ、更にわざとらしくお辞儀をしたオッドを見てシスターは思わずフフッと優しく笑みを浮かべ意地悪に冗談を言う。
「オッド、あなたそんなに守銭奴だったかしら?」
「いえいえ、ただの親切心ですよ。」
二人の談笑が一区切りついたタイミングで少し離れた地面から断末魔のような叫び声がこだました。
「ちょ!ちょっと!!!いい加減助けなさい!!!!」
未だ遊ばれているシアを見かねた二人は同時に声をかけようとしたがわずかにシスターの方が早く声を発した。
「アズ、いい加減になさい」
優しい表情のままではあったが普段より芯のある声で発せられたその言葉にハッとしたアズはすぐにシアを丁重に手放し座ったまま深々とお辞儀をした。
「す、すいません...わたし猫ちゃんが好きで...それで、まさか猫ちゃんと喋れると思わなかったので、それで、それで...」
先ほどとは打って変わってばつの悪そうな表情でわずかに目をうるうるとさせているアズを見てシアは言葉にしようとしていた叱責を奥歯を強く噛みながらこらえた。
「ま、まぁ...優しく撫でるくらいなら...許してあげるわよ...」
「デレた」 「デレましたね」
オッドとシスター二人してシンクロした洒落であったが、瞬間オッドの眼前には鋭い爪を振り被っている黒猫が飛び込んできた。
とんだ初顔合わせになってしまっていたが状況を整理させようと、改めて自己紹介を再開するオッドの顔には生々しい三本の傷が顔面に刻まれていた。
「アズ、改めまして勇者の相談所を営んでるオッドです、こっちは仲間のシア。シスターからあらかたの事情は聞いてるかな?早速だけどぜひ君をうちで雇いたいんだ、一緒に来てくれるかな?」
優しい提案であったがどこかアズの表情にはどこか曇りが見えた。
「あ、あの凄く嬉しいんですけど...な、なんで私なんでしょうか?私、これと言って特技もないし、あ、料理は少しできますけど...それにドジで...ここの子供たちにも振り回されるくらいですし...」
それを聞いたオッドはフフッと手を口に当て笑みを浮かべたが続けて諭した。
「シスターとは古い仲でね、彼女から面倒見のあるいい子がいるからぜひってさ。...君の良いところを知っている人間は少なくとも近くにはいるみたいだよ。それにちょうどうちも人手が足りなくなってきてね、最初は雑用からでいいから来てくれると嬉しいな。...なにより僕は賑やかな方が好きなんだ。おまけに...猫も好きみたいだしね。」
「さ、さっきみたいなのは勘弁よ!!!ま、まぁおいしいご飯を作ってくれるならそれだけでも雇う価値はあるわ。オッドは料理が絶望的だし...」
思いがけぬ二人の優しさに曇っていた表情は晴れ、と同時に照れくさそうに頬を赤らめるアズであったがもうそこに迷いはなかった。
「わ、わたしでよければぜひ!!」
やがて荷物の準備を済ませたアズはシスターに深々とお辞儀をし、待っているオッドたちの元へと駆けようとした。
その時、ふいに後方から数人の混ざった叫び声がアズの背中をたたいた。
「「「ねぇちゃーーーん!!!!いまっ、いままで...ありがとーーー!!!!俺(私)たちのこと忘れないでねーーー!!!!!」」」
子供たちの突然の声援に驚いたが、大きく手を振りうっすらと涙を浮かべながら新たな旅立ちへと向かうその表情はいつも通りの爛漫としたアズであった。二人は合流したアズと一緒に森のはずれへと歩き出しながら会話を始めた。
「随分、好かれていたんだね。」
「孤児だった私には、もったいないくらいの場所です...」
「両親はどうしたの?」
「ちょ、ちょっとシアッ...
「あ、大丈夫ですよ。...わたし、両親の記憶がなにもないんです。まだ一歳くらいの頃にあの教会で拾われたらしくて...でもいいんです、わたしにとってはあそこのみんなが家族だったので...」
アズの遠い目をした表情を見たオッドは申し訳なさそうに会話を続ける。
「連れてきちゃって、本当に大丈夫だった?教会でそのまま働く道もあったかもしれないのに...」
気を使わせていることを察知したアズは食い気味に返答した。
「外の世界にはもともと興味があったんです!それにシスターも、あなたはもっといろんな世界を見るべきだ、って。なので、正直、いまはもうわくわくが止まんないです、えへへ。」
「そう言ってくれるならこっちも君を雇ってよかったよ。」
まだ出会って数時間の関係ではあったがどこかお互いの中にはもう固さはなかった。
そしてしばらくの沈黙ののち歩みを進めた三人の目の前に森の中から小さな洞窟が姿を現す。
「さ、着いたわよ」
シアの到着の言葉に怪訝な表情を隠しきれないアズであったが出かけていた言葉のブレーキが間に合わず口に出してしまう。
「こ、こんなとこがお店なんですか!?」
驚嘆したアズの表情を見てオッドは思わずブフッと吹き出す。見かねたシアはいつもの呆れた顔で場を進めようとてくてくと洞窟の内部に進んでいった。
「早くついてきなさい」
未だ驚きの表情のアズは戸惑いながらも先に歩き出した二人の後ろをついていく。洞窟の内部は微かに足元が見える明るさで慎重に歩かなければ何かに引っかかって躓いてしまいそうなほどだった。
「ストップ」
シアの言葉に察したオッドは歩みを止め立ち止まる、が、急に止まったオッドの背中に間に合わずアズは勢いよく顔をぶつけてしまう。
「あっ、ごめんごめん、大丈夫?」
「ふぁ、ふぁい、大丈夫です...」
無事を確認したオッドは改めてアズの方を向き丁寧に語り掛けた。
「何も言わずにこんなところに、ごめんね。まぁちょっとしたサプライズだと思ってもらえれば...最初は少し頭がくらくらするかもしれないけど...いい体験になると思うよ。じゃ、シアよろしく。」
「なんだかよくわからないけど、ありがとうございま、す?」
呪文の詠唱を終えたシアの前方に突如魔法陣が現れ薄暗い洞窟を照らしていく。
「改めまして、ようこそ我が相談所へ...さぁ飛び込んで!!!!」
状況を一ミリも理解できないアズであったが、描かれた魔法陣へシアが飛び込んでいるのを確認し固唾を飲み込みつつ意を決してそれに続いた。
「よ、よろしくおねがいします!!」
続けてオッドも魔法陣に向けて歩みだし、役目を終わらせたそれは徐々に光となり消滅していった。三人の消えた洞窟はいつも通りの静けさを取り戻していた。
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