序章
とある世界のとある僻地、人の気配が微塵も感じられぬ地の果てにポツンと建つ一軒の店があった。「勇者の相談乗り〼」とだけ書かれた看板が掲げられた入口から男女の談笑する声がが漏れていた。
「そろそろじゃないの?」
「もうこんな時間か。…転送陣の準備は?」
「もうとっくに。あんたこそ準備出来てんの?」
男は自分の着ている服を鏡で確認した後、いつも愛用している黒の革手袋がテーブルに置きっぱなしになっているのを見つけ急いでそれを着用し、また鏡で自分の姿を舐めまわすように見ると後ろを振り向いて少しはにかんだ。
「……まぁ、街に行くだけだしいつも通りでいいよな。にしても猫はいいよな、着の身着のままだ。」
男がそう言うと黒猫はふわぁ〜っと欠伸をしながらヒョイっと棚の上から飛び降り、器用に先の尖った帽子を頭の上に乗せて男の肩に飛び乗る。
「帽子は被るけど?」
「それもそっか」
小話を終わらせ刹那に沈黙が訪れる。だがこの二人?の仲にはその沈黙に気まずさや居づらさを微塵も感じ取れぬ不思議な世界があった。
猫を肩に乗せたまま軽い身支度を終わらせ壁に描かれた魔法陣の前に立つと、フゥっと一呼吸置き男は自分の肩に語り掛ける。
「じゃ、行きますか」
「は〜い」
猫は返事を返すと聞き取れない早さで呪文の様な文言を唱えた。途端に魔法陣から眩い光が辺りを照らしそれと同時に男は壁に向かって歩き出した。やがて光はなりを潜め部屋にいつもの薄暗さが訪れたがそこには先程の二人の姿はなかった。
とある街の外れ。森の中で生い茂った木々に阻まれた小さな洞窟から突如眩い光が漏れる。途端に洞窟を縄張りにしていた小さな獣たちは、その視界を封鎖するほどの光に驚き森の中へと疾風の如く逃げていった。
男は咳払いしながら伸びた蔓を掻き分け、やがて自分達も洞窟の外へ出た。
「ケホッ、ケホッ。やっぱり暫く来ないと埃っぽいなぁ…いつも思うんだけどここじゃないと、駄目……?」
男の怪訝そうな表情を間近で見ていた猫は肩から土と落ち葉のクッションへ飛び降りると、フンッと嘲笑しながら森の中を歩み始めた。
「転送陣が見られたら困るのはあんたでしょ?何も知らない奴らが店になだれ込んでもいいならもっと開けた場所に作るけど…?」
「……お互いに困ることはやめておこう……さぁ街はどっちだっけ。」
猫は、こっち、とだけ言うと少し歩みを早めた。彼女から少しの苛立ちを感じとった男はいそいそと小走りで追いつくと微かに息を切らしながら猫の後ろをついて行く。
「……肩、乗ってもいいけど…?」
「 う る さ い 」
静かな森には街に向かう二人だけの声が響き渡っていた。
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