第10話:食いしばる血涙の絆と崩壊と暴走の悪夢(1/2)

 転移者村の状況は一変していた。レンと翔子を除き、村人たちはもはや人としての振る舞いを見せることはなかった。その原因は、憑依召喚の魔導書の使用を控え、慎重に行動したレンと翔子だけが、魔導書の誘惑に打ち勝ったからに他ならない。


 勇者による強制徴兵の後、村に戻った者たちは、ほとんどが心身ともに疲弊していた。そのような時、『旅の賢者』を名乗る者が現れ、魔力を持たなくても強大な力を得られる魔導書を配った。この魔導書は、疲弊した村人たちにとって、抗いがたい魅力を放っていた。


 レンはルナからの助言を受け、冷静に対応することができた。ところが、その他の多くの村人は、魔導書の力に魅了され、自我を失っていった。彼らの間には、殺伐とした空気が漂い、彼らの目は、かつて人だったことを忘れさせるほどの獰猛さを湛えていた。


 そして、かつて村の温厚なリーダーであった冴島までもが、魔導書の力の虜となってしまっていた。レンにとって、冴島は村での唯一の心の拠り所だったが、今はもはや手の施しようがなかった。


 魔導書による憑依の誘惑に屈してしまった村人たち。しかし、奇妙なことに、彼らは転移者村から離れることなく、その場に留まっていた。これは、彼らがまだ転移者村への帰属意識を完全には失っていない証拠かもしれない。


 魔導書の力を手に入れたことによる衝動は、魔力を持つ者と持たざる者とでは大きく異なる。力と富、名誉を得ることが可能になった村人たちは、止めることができないほどの魅力に取り憑かれていた。


 この状況の中で、レンはまるでまた別の異世界にいるかのような違和感を感じていた。周りは凶暴な獣で溢れ、自分が動物園の檻に放り込まれたような錯覚に陥ることさえあった。


 悪魔による囁きに耐えかねた村人たちの様子は、衝動や恐怖に駆られ、予測不可能な反応を示し始めていた。この状況は、レンと翔子にとっても未曾有の危機となった。彼ら以外、村人たちは全員が、魔導書の誘惑に屈し、その精神が崩壊の一途を辿っていた。


「翔子、急ぐんだ!」


 レンの声に翔子が応える。「わかった、行くわ!」


 二人は、危機を前にして、家を飛び出すことしか選択肢がなかった。その判断は、狂気に飲み込まれた村人たちから自らを守る唯一の手段だった。彼らは村人たちとは異なり、魔導書の誘惑に負けず、理性を保っていたため、獣化した者たちから見れば異質な存在と映ったのだ。


 村の外に踏み出した瞬間、二人の運命は未知数の闇の中へと投げ出された。町への逃避行は、彼らにとって新たな始まりを意味していた。魔力を持たない者が蔑まれるこの世界で、彼らは差別との戦いも強いられていた。


 彼らが選んだ町は、安全な避難所を求めるには厳しい環境だったが、その中でも勇者の力を頼りにし、ひとまずの避難先を探す決意を固める。夜の町を目指して駆ける二人の姿は、絶望の中にもほのかな希望を抱いていた。


 レンは、魔力を持つ町の人々や勇者の力を借りて、憑依者の脅威から逃れる望みを持っていた。しかし、町に着くと、彼らの期待は裏切られる。


 町の中へと逃げ込んだ彼らを待ち受けていたのは、村人たちの追手と、未曾有の危機だった。彼らの追手は町の人々にも容赦なく襲いかかり、その凶暴性は計り知れない。衛兵や騎士団でさえ、彼らの前では無力だった。通常の攻撃ではびくともしない彼らの耐久力は、魔導書の力によるものだ。この状況で、レンと翔子が安全を確保することは、極めて困難になっていた。


 そして、翔子が足を負傷する事態に。彼女は鋭利な瓦礫を踏み、深い傷を負ってしまった。このままでは、彼女の安全を確保することが難しくなる。レンは、彼女を支えながら、どうにかして安全な場所を見つけなければならないと決意する。

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