第8話:階位の始まりと力との対話(1/10)

 生き残った村人たちは、瞬く間に活躍を始めた。彼らが次々と憑依召喚の魔導書を駆使して力を行使することで、その地位を確立していったのだ。レンだけが妖精の忠告を心に留め、魔導書の使用に躊躇いと迷いを抱えていた。


 他の村人たちは何かを吹っ切れたかのように、清々しいほどの勢いで栄光を掴み始めていた。しかしレンは、妖精と幽体の二人の力を借りてダンジョンに挑むことを望んでいた。

 彼の手には、祠で発見した黒い小太刀があった。魔導書の力を借りず、出会った二人の力だけで何ができるかを試してみたかったのだ。もし今の彼らで乗り切ることができれば、収入は安定し、何より大切な人を守れるだろう。

 収入は、ダンジョンで得たアイテムを市場で売ることにより得られる。そのため、彼らはダンジョンの浅瀬で訓練を重ね、狩りを続けていた。レンは、懐いた幽体の黒狼クロウと妖精ルナとの連携が鍵になりそうだと考えていた。


 その中で、町がダンジョンによって成立しているというのは、不思議な感覚だった。ダンジョンがあるからこそ、町が形成され、魔獣が外に出てこない安全な環境の中で、人々はダンジョンで得た物を売買する。

 これにより、ダンジョンは稼ぎの中心となり、人々は自由に出入りをしていた。ダンジョンは冒険や商機を提供すると同時に、過酷な自己責任の世界でもあった。


 安全面を考慮し、王族はダンジョンの町から離れた場所に城を構えていた。ダンジョンの町にある城は、あくまで前哨基地の役割が求められている。



 ダンジョンの麓には、盛り土で作られた丘のように広がる入り口がある。大小さまざまな石で固められたアーチが、まるで歓迎するかのように大きく口を開けている。その招き入れる様子は、訪れる者に対する拒絶の気持ちを一切感じさせない。この入り口を通るとき、まるで別の世界へと足を踏み入れるような期待感に包まれる。


 そして、レンはついにダンジョンに足を踏み入れた。想像以上に、聞いた話とは異なる体験が彼を待っていた。石畳が敷き詰められた通路、壁は煉瓦で積み重ねられ、天井は高く、岩が剥き出しの柱が林立していた。場所によっては、広場のような開放的な空間もあり、大人が十数人並んで通れるほどの通路もあった。


 階層が下になるほど、魔獣は強くなり、より広大な世界が広がっている。初めの階層でさえ、多くの命が失われており、知らない人の白骨化した死体や、上半身がない死体が平然と転がっていた。

 奇妙なことに、腐敗臭はほとんど感じられず、空気は清らかに流れているようだった。これらの死体を目の当たりにし、レンはこの場所の危険性を改めて感じ取った。いつ、どこで襲われるかわからない不安が、彼の心を支配していた。



 ――これが現実だ。


 遺体がちらばる光景を横目に、レンは手に汗を握る。彼の握る小太刀は、まだ彼の手に馴染んでいないかのようだ。無理も無い、彼にはこのような経験が皆無だからだ。カンテラを腰に下げ、暗がりを手探りで進む。このカンテラは予備。主な光源は、壁面に群生する光苔。それが散発的に光り、ダンジョンをほのかに照らしている。


 光苔のおかげで、レンが見えれば敵にも見える。レンは、ダンジョンの敵がどのようにして生まれ、生活しているのかは分からなく疑問に思っていた。ただ、彼らは魔力を持つ者から命を奪い、その魔力と魂の一部を吸収することで、自身を強化すると聞く。人もまた同じく、倒した相手の魔力と魂の一部を吸収すると言う。


 しかし、魔力のないレンには何が起こるのだろうか……。異例な存在で、封印を解いた際のような反作用が起きる可能性があるとルナは言う。祠の封印は解除しようとする者の魔力を吸収しようとするが、レンの場合、魔力がないため封印は自壊し、砂のように崩れた。さらに、魔法の光によって目に何かが起きて、その後の変化はまだ未知数だ。


 魔力ある者を倒すと、その魔力は通常、体内の魔力受け皿に蓄積される。しかし、レンにはその器官がない。ない場合、魔力は体を通り抜け霧散するか、もしくは魂力と混ざり合い、何らかの変化をもたらすかの二つの可能性がある。魂力とは、個々の魂に宿る独自の力であり、死の際に魂から離れ、肉体を強化する力が残るとされる。


「レン、直接のサポートはできないけど、知識を共有するわ」


「了解だ。助かる。クロウ、敵を仕留める。最後の一撃は俺に任せてくれ」


「ガルゥゥゥウ!」


 意気込むレンとそれに応えるクロウ。一人と一匹はこれから初の戦闘に挑む。

 そしてその視界に映る足元の地面は、誰の助けも来ないダンジョンが広がる場所だった。

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