第6話:絶望の夜明けと希望の代償(1/5)

 その召集時、勇者と他の者たちの間には険悪な空気が漂っていた。従わなければ勇者の手によって命を落とすという選択肢のみが提示された。その状況下で、敵陣に特攻する方が、生存の可能性がごく僅かにあると考えられた。

 勇者に反逆すれば死は避けられないが、敵との戦いではその確率は絶対ではない。この残酷な現実は、勇者に意見をした村人が命を落としたことで明らかになった。勇者の指令に従い、村人たちは泣く泣く敵陣への突撃を開始したが、その結果、村の人口は大きく減少した。


 戦場はもはや戦いの場ではなく、虐殺が行われる場所と化していた。空から降り注ぐ魔法の槍が多くの命を奪い、地面は死体で覆われていった。


 その中で、翔子と蓮司は幸運にも生き延びることができた。彼らはいつも互いに支え合い、行動を共にしていた。


「なぜ、こんなにも無関心で、諦めてしまっているんだろう」と、勇者の変貌に思いを馳せる。噂によれば、彼はかつておどおどとした少年だったという。彼をここまで変えたものは何だろう? 単に与えられた力だけで、こんなにも人は変わるものなのだろうか? または、もう一つの噂にある蘇生による物なのかもしれない。


 もし蘇生だとするなら変わらざるを得ない何か、彼を根本から変えてしまうような衝撃があったのかもしれない。そう考えると、勇者もまた何らかの形で被害者と言えるだろう。


 勇者が再び姿を現した時、彼の振る舞いは全てにおいて諦めがちで、かつての影もない様子だった。ズボンのポケットに手を突っ込みながら、意気消沈した足取りで戦場に向かって歩いてくる。


 その瞬間、勇者はぼんやりと言った。「あぁ、退屈だよな」


 彼にとって、周囲の光景はどうやら些細なことに過ぎないらしい。重傷を負ってもすぐに回復魔法で治療され、万一死んでも蘇生される。つまり、彼にとって死の恐怖はなく、生活に刺激がないのだ。そして、勇者の力に匹敵する者が近くにいないため、さらに彼の心は荒んでいくのかもしれない。


 『退屈』という一言が、彼の現状を象徴している。選ばれし者としての運命に縛られ、生きる上での選択肢が思ったほど多くないのかもしれない。



 彼のやる気のなさからは想像もできないほどの力を、レンたちはその場で目撃した。勇者の力の圧倒的な誇示は、単なる「圧倒的」という言葉では表現しきれないほどだった。


 空は雲が裂け、大地は様変わりし、そして、地に立つ者は見えない力によって完全に破壊された。まるで何もない空間で瞬時に圧し潰されるかのよう、これは事実上、即死に等しい。


 これほどの力を持ちながら、なぜ彼は傲慢で、周囲との軋轢を生むのか――その疑問は避けられない。彼の一振りで敵は大打撃を受け、結局撤退してしまい、レンたちは帰還した。


 力を適切に使えば、多くの村人が無駄に死ぬことはなかっただろう。しかし、過去の軋轢が原因で、彼は嫌がらせを行ったのだ。


 過去、王族が村を視察した際、ある村人が第四王子――人望の厚い彼――に直接陳情書を渡した。勇者が民衆の前で王子に叱責され、謝罪をさせられたことがある。その時の勇者の村人への視線は、まるでその眼光だけで命を奪われそうなほど、満ち溢れる怨嗟を含んでいた。しばらくは静かだったものの、最近になって再び彼の傍若無人な振る舞いが目立ち始め、今に至る。嫌がらせの一環として、村人たちは最前線で先頭に立たされた。そして嫌がらせの象徴は、ただの木の槍を武器として使えとの命令だった……。


 村に戻る途中、皆は力なく足を進めた。そして――。


 ――村に着くと、そこには見知らぬ旅の賢者がいた。


 彼は使い古した深い緑のローブを纏い、長い白い髭を顎に蓄えていた。その目尻と眉間には、長年の知識と経験が刻まれた深いしわがあり、彼の姿勢は歳を重ねた体に反してしっかりとしていた。絶望した村人たちが見かけた時の彼の柔和な笑顔は、村人たちの心をわずかながらにも動かした。


 村人たちが減少したために余った水と食料を分け合ったところ、彼はお礼として魔導書を提供した。


 村人たちは魔力がない、または微力であることを伝えると、彼はそれを問題視しなかった。その魔導書は「憑依召喚」に関するもので、「精霊」を召喚し、自らの体に憑依させて精霊の力を使うことができると説明した。ただし、召喚される精霊の個性によってはリスクも伴う。気性の荒い精霊であれば、力をコントロールするのが難しく、それによって悩みが増える可能性があると彼は警告した。

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