第7話 災厄 安息の園にて猛る



 扉を抜けて、テラスへ出ると僅かながらに風が吹いていた。

 ワルツを踊って熱った体を冷ますには、少し足りないかなぁ。

 ガウンスカートのポケットからパーティファンを取り出し広げた。顔とかをそれで扇いで風をおこし熱を逃がしていく。


「殿下も熱いでしょう。私に近づいてもらえますでしょうか」


 慣れない令嬢言葉なんて使うものじゃないね。周りくどい物言いになってしまう。

「確かにありがたいな。流石に続けて踊ってしまったせいですね。熱がコートの中に籠ってしまっている」


 内緒の話なのだが殿下が着ているコートは色々と仕掛けが施されてている。お陰で通気性が悪く、熱が籠るんだね。


 殿下の額に汗の滴が見えた。私はファンを扇いで殿下に風を当ててあげた。


「ああ、涼しい。ゾフィー、助かります。ありがとう」


 風に吹かれて熱気が飛ばされていくのが殿下の顔の表情を見ればわかるよ。多少は殿下の熱さも冷めていくことだろうて。

 暫く自分に向けてファンを扇いで、熱った体を冷ましていった。

 贅沢にも一面をガラス張りにされた公爵邸大広間から、外に緩やかな音楽が聞こえている。

 そんなことに気づくぐらいには火照りも冷めていった。緊張も解れてきたんだ。

 その火照りはダンスで舞い踊り、体をうごかしただけではないということは気づいているよ。

 殿下の束縛しない優しいリード、それでいで、ここぞという時に力強く導いてくれる。そんな殿下に心が震え、体も奮い立っていったんだ。熱くなるってもんよ。

 私は、殿下に………。まあ、私だって夢ぐらい見るよ。というか見させてくれ。自分の立ち位置は理解しているつもりだよ。


 そんなことを考えていたせいで、私に隙が生まれた。テラスの縁に立つ柵に殿下が凭れが掛かっていた。

 それじゃあ、外から丸見え、弓にでも射ってご覧なさいって言っているようなもの。


「殿下、身をかがめてください!」


 私は、叫んだ。

そして


コンスペング コンスペング コンスベング。

 魔力を練り上げ、練り上げ


「ペンタス・フラトゥス<スパイラル>」

 風よ螺旋に吹いて我らを守れ


 手持ちのパーティファンに魔力を付与。大きく扇ぎ風の防護陣を張っていく。

直後に風を切る音がしたと思いきや、


ガッ


 案の定、矢に射られて柵に刺さった。だが風で的を外したようだ。

 良かったよ。昨日みたいなバリスタの矢だったら、殿下はその矢の威力で四散していただろうて。

 すぐさま、私は殿下に近づいて彼の頭を押さえつけて柵に隠れるように引き下ろす。

「失礼は承知。殿下は隠れていてください。いい的になります」


 高貴な方に失礼なことをしたんだ。自分の首が切り落とされても仕方ないと覚悟はしたんだけど、矢に射られたことで動揺した殿下は、目を見開いたまま体を硬直させていた。 暫くして落ち着いたのか、


「さっ、早速、刺客がきましたね」


 最悪な事態は避けたようで安堵したものの、未だ、こちらが狙われている事態は変わらない。なまじ、風音が気配を察知する邪魔になると判断して魔術は解除した。

 風に吹き上げられた庭に咲く花びらや葉が落ちる様が大広間からの明かりに照らされる。パーティの最中なら幻想的な風景なんだろうけど、今やテラスは戦場とかした。


 ざっ


 微かに地を踏み出す音が耳に入り込む。急いで気配を追うと影が地面に映し出されて私たちに寄ってくる。


 上!


 急ぎ振りあおぐと色を潰した人の姿をした闇が迫る。

 振り上げられた片手に持つ鋭利なものは刃物か。それさえも闇色に染められている。

 急ぎ、手持ちの扇を振り上げるも空振りになり、相手の足の踵が私の肩口に落とされた。堪らずに、私は後ろに飛ばされる。


一瞬の攻防で、私は殿下と離されてしまう。


  ちぃ


 闇色の相手は殿下と私の間に入り込んだ。

 そして、いきなりのことで動きの止まった殿下の肩を持って彼の体を捻り後ろ向きにしてしまう。あろうことがそのまま殿下を振り回して、私の方へ向けてしまった。

 そう、殿下を盾にして彼の背中に隠れてしまったんだ。これでは迂闊に責められない。躊躇する間もなく殿下の陰にいるものの腕がうごく。闇に染まった鋭利なものが殿下の首に当てられ、横に滑る。

 喉を切られて血飛沫があがっ………らない。代わりに


 ギィーーーンン。


 いくつも弦を引っ掻く音が鳴り響く。

 横に引かれた刃の先が動揺で震えるのが見て取れた。


「ふっ」


 私は小さく息を吐く。

 片腕を殿下を襲ったものに向け、袖の1箇所をつまむ。何か外れた感触と共に袖口のカフスを軸にして弓柄が展開、弓弦が張られる。

 私はガウンスカートの1箇所へ指をを差し入れて仕舞われた矢を取り出し弓に番える。

あまりのことについていけずに呆けていた殿下でも私が向けているのが何かをわかったのだろう。彼は目を見開いた。


  動かないでよ


 声に出さずに心ウチだけで囁く。

 音も立てずに矢を射った。矢羽がわずがばかりの風切り音を発して殿下の耳の横を抜ける。


  ガッ


 鈍い音を発して、殿下を盾にしていた相手の額に当たる。

 矢尻はつけていない。でも当たった衝撃で相手はもんどり打つ。殿下を拘束をしていた手が離れた。

 素早く接敵をして殿下を確保していく。


 なんで矢尻がついていないかだって。刺さった矢がを血を飛び散らせ殿下の御身を汚すかもしれないじゃないか。絶命でもしてみろ厄が殿下に取り憑くかもしれない。

 いろんな意味で汚れて欲しくないんだ。殿下には。


 その殿下を引っ張って、倒した相手から距離を取った。

 意識を失うことはなかったのだろう。うつ伏せのまま、頭を振っている。華奢な体つき、横に張ったヒップと僅かに見える衣服を押し出す胸の押し出し。

 女だ。女の暗殺者だ。それも目だけしか確認できないけど私と、さほど歳は離れていないようだ。


  さあ、どうしよう。

 

 今なら殺さずに戦闘不能にはできる。相手は闇討ちさえ厭わないもの、口を割るなんてしっこない。

 それともこのまま逃げるか。刹那の時、私が逡巡していると、


「ゾフィー、一体どうなっているのですか? 刃で喉を掻き切られると…死ぬのかと思いましたよ」


 殿下は着ているコートの首元を指すりながら安堵している。

 彼が驚くのも無理はない。彼が来ているコートは魔法糸で織られているんだ。ショートソード如きじゃ、切り裂くなんてできない強度を持たせているんだね。これが。

 肌の露出を減らす構造になって首元を高めのカラーで覆っている。肌の露出を減らす構造になっているんだ。バーミリオンの名を持つコートの秘密のひとつだよ。


「それになんです⁉︎ 私を射ってきたのでしょう。弓矢ですか。ドレスの袖口から射かけてきたようですが」


 殿下が再び驚くけど無理はない。人間、誰だって凶器で狙われれば、驚くのも道理だよ。

 私の着るドレスにも幾つかの仕掛けがしてあるんだね。ボレロ風の上着の袖に弓が仕込んであるわけ。他にも色々と隠してあるんのよ。

 でも、そんなことベラベラ喋らない。秘してこその仕掛けなんです。もちろん、使った弓は元に戻しておく。


「はい、怖い思いをさせてすみませんでした。火急の事態でしたので、急ぎ対処してしまいました。お咎めなさるようでしたら如何様にも。どのような責めでも受け入れる所存にございます」

「命の恩人にそのようなことは致さないよ。お陰で無事だったんだ。ゾフィー、あなたのおかげです」


 殿下は苦笑いしながらも、目礼してきた。

 私は無言で微笑みを返したよ。心のうちでは冷や汗が出ている。

 なんでかって、そりゃ。綱渡りだったからなんだね。使った弓はドレスの袖に小さく畳んで納めてあるんだ。精度がそれほどでるわけではない。

 どこに矢が飛んでいくかわからない。命中するか当てにはならない。少し前にも練習がてら試し打ちしてみたんだけど。これが当たらない。的に当たらない。擦りすらもしなかった。

 さっき使ったのが咄嗟で相手の額に当たるなんて、結果オーライっていうのが実情なんだよなあ。


  使えてよかった。

 殿下には当たらなかったんだ。


 殿下、本当に運がいいよ。私は心うちで相槌打ってます。


 しかし、彼の話に脳内解説した一瞬、周りへと警戒が疎かになってしまった。


 ぎゅぅ


 私の首が後ろから握られた。そのまま持ち上げられてシューズが地面から離されてしまった。

 持ち上げられた私を見て目を見開いて驚く殿下の顔が視界の下に隠れてしまう。

 

 偉く高く持ち上げられたな。

 

 新たな刺客は馬鹿でかい奴だよ。これじゃ、息する事が出来なくて苦しいし、足が浮いて踏ん張れないで力が出しづらくなる。

 無駄な足掻きと知りつつ足をバタバタとさせた。ちょうどいい具合に踵が相手を叩いた。


グニュ


 硬いってほどじゃないけど弾力と肉が厚いって感じが踵から伝わってくる。

 この感触があるってことは女だ。かなりの背丈のガタイのデカい野郎。違う、女郎か。女でも羨ましいほどのものもお持ちで、男も羨みそうだ。

 殿下、そんなのに絆されちゃダメなんですからね。


 ほら、自慢できるほどではありませんが私の柔らかいものでが殿下のを優しく包んでー……。

 

 何を考えているやら首筋を絞められて血の巡りが悪くなったのかな。変な方向へ考えがいってしまう。


 殿下も喜んでくれるかな。


 ほら、続きの思いが垣間見える。


ダメダメ。ここは首を縊り殺されそうな状況をなんとかしないとね。

 並の奴ならもがいて足で女郎の頭を蹴飛ばすしかないだろうけど、魔力持ちは、一味違う。


コンスベング コンスベンク コンスベング


 私は自分の中の魔力を練り上げる。


喰らえぅ


「クオッド・エレクトリカ<バルシエ>」


 女郎が首を握っている手に私は自分の手を重ねて、


バシッ


 電撃を叩き込む。相手は堪らずに握った指を開いた。


 苦しかったんだぞ。


 私の方はドレスが叩き込んだ電撃の余りを遮ってくれている。首を離されて落ち際に私は体を捻る。

 相手の苦痛に歪む顔を眺めながめながら、


  やっちゃえぇ

「ライザー<マキシム>」


 女郎の豊満とも言える実った上乳に手を乗せて、


 バリッ


 渾身の攻撃魔法を叩きむ。まさに雷に打たれるって感じで女郎の体が跳ねた。

 目の前に震えるものを見たけど、私はそんなものは持ち得ない。持たざる女たちの憧れと憎しみを込めて、実りきった果実に打ち込んだよ。

 その反動で少し飛ばされたけど、空中で体を回転させて勢いを打ち消して着地する。


  どおっ


 で、そいつは力無く崩れ落ちた。ガタイがデカいから倒れた音も地響きのようで迫力あったね。


 そこで呆然と目を見開いたまま、固まっていた殿下がやっとのこと驚きから解放されて、ビグビグしながら私に近づいてきた。

 目には私に対する恐れが浮かんでいたよ。


   とほほ。


 殿下、そんな目で見ないでくれる。気分が落ち込んじゃう。もう

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