第4話 真珠色の災厄が手薬煉を引く。 

 クローゼットの前には、トルソーに飾られたパーティドレスがある。色は光沢のあるオフホワイト。


 なのに、このドレスの銘はバーミリオンとは、これいかに。


 表には聖魔力の籠ったクリスタルを特殊な製法で極細にした糸を使ったニードルワーク、エンブロイダリーパーティドレスなんだね。首元はラウンドネックになっていてローブ・デコルテと違い、胸元や背中は露出していない。


 そしてアンダーは、パニエで膨らんだスチームパンクバッスルスカートになっている。


 私は慎重に、表面の刺繍の糸が浮いたり、切れたり解れたりしてないかを見ていく。このドレス自体、先代、先先代の奥方が着ていたもので、それなりに歴史を持っている。縫い直しも多いけど、しっかりと補修されている。


 そして、暗器として埋め込まれている仕掛けも点検していく。ドレスの隣のトルソーには、ドレスと同じ模様の刺繍のされたボレロが掛けてある。もちろん、既に点検済みだ。




「姫様」


  作業をしていると後ろから声をかけられた。振り返りみるとハウスキーパーのマーサが黙礼をしてる。




「どうだった?」




「ご依頼のものは手配できました。その時にオラニエ夫人より、お茶会へのお誘いも、ありました次第」




「まっ、今回の顛末を知りたいだけでしょ」




 私は苦笑する。どこにも退屈を持ちあぐねている輩はいるもの。醜聞なんか大好物にしている奴らだね。




「はい、そうでございましょう」




「せめて、婦人の無量、慰めて差し上げましょう」




 私は、今宵の準備を進めていく。


 マーサが気を利かせて私の寝室にバスタブを用意してくれた。 腰ぐらい高さに水を張り、料理場の釜戸で赤々と焼いた岩を放り込む。


 シュッワーとすごい音、立ち上がる水蒸気。少し温めになったところで岩を出す。


 私はリネンで出来たシフトを脱ぎ、一糸も纏わずにバスタブに足をつけ、入っていく。お湯は腰上までしかないから、マーサが別に用意したポットのお湯を肩から背中にかけてくれる。




「お熱くありませんか? 姫様」




「気持ちいいぃ。ちょうど良い温度。流石だね。マーサ」




「ありがとうございます」




 そして、お湯をかけられながら、




「姫様、お聞きしてよろしいですか?」




 マーサが徐に聞いてきた。




「あの殿下には執心な御様子。お気に召されましたか? ついぞ妙齢の殿方のお誘いは断られるのに」




 やっぱ、気づかれるよね。




「うーん、バレバレかぁ」




 そう、あの円らな瞳で頼られると、ダメなんだ。


 アデルの小さい時がそうだったよ。お姉様、お姉様ってすがって来るんだ。


 もう、キューンってなるんだわ。この子は、私が守らないと、私が大きくしてやらないとって思ってしまう。




「今のアデルは、淡白なんだよ。ふーんって冷たいんだ」




 本当に、この代わりようは何って具合なんだよ。小憎らしい。




「それは、アデル様テレ……」


「何!」




 途中、茶々を入れようとするマーサを目力で止めさせる。




「だから、余計に殿下のあの目に縋られると、なんとかしなくちゃってなるんだよ」




 本当に、なんとかしてあげたいってなるんだぞ。




「ほうっ」




 マーサが嘆息する。そして微笑んでいく。




「姫様」


「なっ何?」





 マーサの突然なものいいに、慄いてしまう。


「それは、愛です。姫は殿下を愛しているんですよ」


「マーサ」




 ガクって力が抜けた。




「違うって、仮にも王位継承者だよ。ガサツな私が釣り合うわけないよ」




 思わずに言い返して、自分の掌を見た。ひらりと返してみると剣ダコがあるのがわかる。さらに野メイドの真似事をして水仕事をしているから指も荒れている。


 剣なんかで殺伐とした世界にいるから顔や身体中に刀傷だってある。




「殿下は、可愛くて肌もつるんと綺麗な淑女と連合いになるんだよ」




 と、あまりにも不機嫌に私が言うもんだから、




「姫様、恋をしましょう。少女は恋をして大人になります。綺麗になるんです。さすれば姫様も殿下のお眼鏡に叶います。マーサが保証します。なぜなら…」


「マーサ。そこまで。でもね。ありがとう」




 目力でマーサの喋りをやめさせた。




「姫様」




 それでもマーサは止めない。




「姫様。殿下ととは言いません。恋をしなさい。そして夫婦になって子を成しなさい。マーサに、あなたの子を抱かせてくださいな」




 マーサは目に涙を溜め、でも唇は綻ばせている。


 私も彼女の真心に目頭が熱くなってきた。切った貼ったの世界で恋だと愛だということはないと感じていたからね。




  しょうがないな。




 私は湯船から湯を掬い上げて顔に、勢いよくかけた。そしてゴシゴシと拭っていく。こうすれば私の目に滲むものが、何なのか解るないはず。




「マーサ。続きを頼むよ」




「はい、わかりました」




 そしてマーサは用意していた小瓶の蓋を開けると中身を湯を入れてあるポットへ数滴垂らしていく。するとポットから馥郁とした花の香りが溢れ出した。




「近隣で採れた花の香りのエッセンスを取り出しておきました。香油にも入れておきますが、肌にも染み込ませましょう」




 マーサは、私へ香る湯をかけていく。私は、それを受け取って手のひらで広げるようにして肌へ伸ばしていく。




 あまりにも強く香るから酔ってしまいそうになったよ。





 その後は体を軽く拭いて終わり。そしてインナーのシフトを着ていく。再びクローゼットに戻った。


 待ち構えていたマーサからクロックスの刺繍のある膝ストッキングを貰い、履いていく。そして、落ちないよう膝下にしたリボンガーターへと巻いていく。


 ストッキングをした後、ディッキーペチコートを履く。そしてステイを上体へ巻いていったいわゆるコルセットになる。これは1人ではできないのでマーサに助けてもらう。


 ステイを胸に当てた後、丈夫な鯨のひげで背中の枠組みが作られて、それを編んで閉じていく。




「姫様、少しお待ちを」




 着付けている最中にマーサが、いきなり中座した。ドアを開け外へ出たと思ったら、2人の少年を連れて戻ってきた。




「ちょ、ちょっと! マーサ。半裸のレディが居るのになんで、呼んでくるの」




 そうなんだ、アデルは、まあ身内として許されるかも知れないけど、殿下まで連れてくること無かろうに。私はステイの上部の布の切り返しでサイズアップしたかに見られるバストを両手で隠した。わずかに残るであろう乙女心が顔を赤く染めていく。




「誠にすみませんが、着替えている最中にございます。少しでも哀れと思われれば、退出をされませんでしょうか」




 真っ赤に染まった顔で、今にでも爆ぜてしまいそうな魂をなんとか押さえつけて、乙女の矜持を守ろうとするんだけど、




「姫様。ステイの締め付けは主人の仕事なれば、殿下にしてもらうのが最上かと心得ますが如何か?」


 


 しれっとマーサが告げてくる。全く、何てことを、してくれる。




「ゾフィー殿、なんと言えば良いのか……綺麗だ」




 殿下もやめて下さい。そういう嬉しいこと言ってくれるの。えっ。私は、なんて事を思った。だめ、心が想いで決壊しそう。


 想いが、いっぱいでフリーズしている私を他所に、マーサは私の向きを変えるとアデルと殿下に背中を見せた。そして近くにあった、椅子の背もたれに手を置かせる。


 腰からお尻を晒してしまってるよぉ。




「殿下、アデルはこのワイヤーを持って。靴は脱いで、足はここへかける。はい、そう、よろしい」




 マーサが2人を手取り足取り、私が見えないことを良いことに色々指導をしてる。




 殿下、アデルまで、私のお尻に、あなた方の足が乗ってるのよ。


 止めて。そんなにぐりぐりしないで。ステイに、あなた方の足の指先が入り込んでのー。奥にぃ、奥にぃ…あがぁ




「よろしいですか、未来の奥方を御するつもりで力一杯、引っ張ってください」




 えっ、マーサ。本当にさせるのぉ。やめて、やめてよお。




「よろし! さん! はい!」




  うっ


  ビン




 2人が引っ張ってワイヤーが張り、空気を震わせた。


 2人が、未だ子供なおかげで力は言うほど強くない。ステイの締め付けも十分耐えられるものだったよ。




  はぁー





 すると、




「あなた方の奥方への愛は、こんなものでありますか? 足りない。足りない」




  ドン、




 マーサの声がしたらと思ったら、お尻に重い衝撃。大きな足が乗った感じがする。




「これ位の愛をお見せください」


ステイに係るワイヤーにテンションが掛かった。マーサが引っ張ったんだ。




「姫様。行きます。ふんぬ!!」




   ビィーーン




 鯨の髭が唸る。


私には、"お覚悟を"って聞こえた。




  がっ




「あぅ」




 ステイが閉まり、胸から腹も絞られていく。肋骨も悲鳴をあげている。折り返しで強調された乳房が、更にも増して縊りだされていった。


 肺には及ばず臓腑の中の空気、他の全てが絞り出されるようだ。




  ははぁぁぁぁっウゥゥゥーんン




 息も出し切り、呻き声さえ、穿り出されていった。





「ぁーしゃ………。マーサ。やっ、やりすぎ。五臓六腑が口から出るとこだったよ」




「いえいえ、まだ序の口。後、ふた絞りはできるかと。御堂様は耐えましたよ。凛々しいお姿でした」




 もう、勘弁してええ。私は、へたり込み、手をつき這ってしまった。




「母上は、母上だから」




   ぜえ、ぜえー




 私は喘ぎながら近くの家具を頼りに立ち上がる。




「じゃあ、俺たちも着替えてくるから」




アデルも殿下も退出していってしまう。




「では、次はこちらで」




 と、マーサからポケットバックを渡されて、両腰に渡るように位置を直して腰に縛った。スカート部のスリットと合わさることことで外から手が入るんだ。このポケットバックも特注品。仕掛けも入っている。


 そしてバッスルパニエを巻いていく。スカートをふわっと膨らませていくためのもの。


 私のは薄いチュールを何層にも重ねていったものだけどね。


 次に胸からお腹までの飾り板ストマッカーをつけてタグにビンで止めていく。


 そしてマーサはガウンペチコートに両手を通して準備をする。私はその手の間に頭を通して上衣を着ていくんだ。


 すっぽり入ったところでストマッカーへ止めていく。


 私の着るドレスはホルターネックになっているから肩は露出している。更にもう一枚ガウンに頭を通していく。スカート部分だ。


 これは前開きになっていて、ガウンペチコートと合わせて腰の横から、さっきつけたポケット部分に手を入れられるようになっているんだね。その合いの部分にガウンを留めていくことができるんだ。


 最後にシューズを履いていく。それもヴァンプが長く脛をカバーしている物。


 やっとのことでドレスを着終わった。とにかくパーツが多くて手間がかかるんだ。


それにうんざりするけど、まだ続く。


 髪を香油に、つけて編み込んでいく。さっきのエッセンスと同じ香りのものだ。


 私の周りが花の香りが満ちてしまい、酔いそうになる。それを、し終えて上着のボレロを着て袖の具合を整えた。両手を上げて肩越しに背中を見ようと左右に捻った。




「どう、マーサ」




「エクセレント! 御堂様の若かりし頃に、そっくりです。凛々しくありますよ」




「褒めても何も出ないからね」




「お世辞ではありません。お綺麗ですよ」




「ありがとう。マーサ。あなたの協力の賜物だわ」




 マーサは頭を下げて、




「光栄の至りにございます」




 と謝意を示示す。




 丁度、そのタイミングで着替えた殿下とアデルも入室してきた。アデルはサテングリーンのコートにバックスキンのウエストコート。赤いブリーチズに白いストッキングにハーフブーツを履いている。コートには金糸、銀糸、シークインで豪華な刺繍が為されていた。




 馬子にも衣装と、いうところか。




 そして殿下は、上下オフホワイトでコーディネート。襟とか、その返しに私のドレスと同じ聖魔力の籠ったクリスタルの細糸で精緻な模様で刺繍が成れていた。履いているのはパンプスだ。




「殿下!アデル! 立派な殿方に、なりましたね」




 と私は2人に賛辞を送る。




「ゾフィー殿もお綺麗ですよ」




 この国で最上の殿方に褒めていただけるなんて、婦女子として最高の栄誉でなはないだろうか。


 殿下には、私にできる最高の笑顔で謝意を示してカーテシーをして返礼とした。




「それでは、参りますか」




 外へ待たせている男爵家提供のキャリッジへ3人で向かっていく。


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