第16話チートな彼のストレート暴投


「あの、ありがとうございます。家族をここまで連れてきて頂いて。」


 食器の片付けが終わった後、私は意を決して女性に話しかけました。


「いえ、あの……村でお母様達とお話をしていて、ロロテナさんに会いたいとお聞きしましたので、私がお力になれるならと……」

「そうなんですか、優しい方なんですね。多くはないですが護衛費も私から出させてください。長く……帰れていなかったので。」

「そ、そこまでしていただくわけには……!」

「ロロテナにはそれだけ嬉しいことだったんだろう。受け取ってくれ。」


 突然サイガ様が後ろからそう声をかけます。


「で、でしたら……ありがたく頂きます……」


 女性は驚いたような、照れたような顔になりました。

 やはりこの方はサイガ様に気があるようです。なにやらそわそわとして落ち着きがありません。


「後で袋に入れてお渡ししますね。」

「は、はい!」

「ロロテナの家族を護衛してくれた事、俺からも感謝する。」

「い、いえ!これも私の仕事ですので。」


 女性は謙遜しますが、うれしそうな顔が隠しきれていません。サイガ様は見目麗しく、人当たりも良く、そして盗賊からその人を助け出すだけの強さがあります。惚れるのもわからない話ではありません。

 しかし、私の記憶が正しければ彼女と出会ったのはその救助時とその後の回復の面倒を見る程度の事で、それ以降は一度も遭遇していないのです。時間にしてせいぜい半日一緒にいた程度でしょうか。

 命の恩人に惚れてお礼をするためにはるばる訪ねてきた、と言えば聞こえは良いですが……手紙に書かれていた、サイガ様を運命の人と他人に言い張るのは、あまり印象がよくありません。


「あの、私がここまで来たのにはもう一つ理由がありまして………」

「ほう?」

「サ、サイガさまにお願いがあって参ったのです。」


 女性は緊張で裏返る声でサイガ様に訴えかけました。サイガ様はいつも通り冷静な顔をされていますが、なんだかつまらなさそうな表情にも見えてきます。


「お願い、か。」

「はい、サイガさまのお力をお借りできないかと……」

「依頼なら高くつくが、それでも良いか?」

「え、ぁ……い、依頼ではなくて、その……私もサイガさまの旅に連れて行ってほしいのです!」

「駄目だ。」

「えっ……」


 サイガ様は即答されました。あまりに早い拒否に女性も言葉を失い固まってしまいます。


「ああ待て、別にお前だけ却下しているわけではない。俺が覚えている限りではもう50人近くのパーティー参加要望を蹴っている。ギルドメンバーの面接含めたらもっとだな。」

「え、だ、だってサイガさま、私を助けて良かったって、あんなに親身になって私の傷だらけの体を治してくださったではないですか!」

「そんなの傷つけられた人には誰にでも言ってるさ。それこそ俺に助けられた人だけで村が作れるくらいにはな。」

「そんな……」


 女性は夢が壊されるような気持ちなのでしょうか、涙を浮かべ始めます。


「俺は聖人じゃない。自己満足で人を助け、モンスターを倒し、仲間を集める。これからやることも全部、俺がしたいことしかしない。お前がもし、助けてくれる俺に惚れたのなら、それは幻想だ。」

「幻想、ですか……?」

「そうだ。これは俺の想像でしかないが……お前は人を助ける事に憧れていたんじゃないか?元々憧れがあるのなら自分が助けられた時にその人しか見えなくなる、というのは理解できないことではない。」

「……」

「だが、その理想の面だけを見てここまでやってくるお前を信頼はできない。」


「わ、私は……人を見定めるのには自信があるつもりです……!サイガさまは素晴らしいお方だと!たとえ今は信頼されなくとも、これから信頼されるように努めます!サイガさまの色んなお人柄もこれから知っていきます!」

「じゃあ、せっかくここまで来たお前に俺のとっておきの一面を教えてやろう。」


 サイガ様はそう言って女性に近づくと、その耳元で何かを囁かれました。

 それを聞いた途端女性の顔色がみるみるうちに変わっていきます。赤いような、青いような、不思議な顔色です。


「なんなら実際そうしているのを見に着いてくるか?……来ないよな。はは。これでお前が人を見る目が無いことがわかっただろ。」

「ぁ……そ、そう、ですか……そうです、ね…………」


 女性はがっくりと肩を落としてしまいました。おそらく今の言葉でサイガ様の本当のお姿を知ったのでしょうが……一体どんな事を言われたのでしょうか?

 クレリック……敬虔な信者であれば、憧れの方が教義に反する事をしている事を知ることで絶望する、という道筋があるかもしれません。あくまで私の想像ですが……

 随分と意気消沈された様子でその場に立ち尽くしています。後で護衛費を渡すのが難しくなってしまいました。ああ、『何故貴方がサイガ様の仲間なのよ』と詰められなければいいのですが……


「ロロテナの家族は俺が護衛する。お前は帰っとけ。」

「……はい。」


 女性はとぼとぼと肩を落としながら歩いていってしまいました。おそらく、もうここには来ないでしょう……


「サイガ様、あの方に何と言われたのですか?」

「あ?ああ、ロロテナは知ってるだろ。俺が夜遊び歩いてる事くらい。ああいう聖女っぽい奴って……夢見過ぎだよな。」

「なるほど……」


 そういえば以前サイガ様はすり寄ってくる女性の方々をカテゴリに分けておられました。その時も『聖女タイプ』『傲慢タイプ』『お忍びタイプ』『騎士タイプ』『奴隷タイプ』……と分類して特に『傲慢』と『お忍び』が特に厄介だと。

 まるでモンスターのような扱いですが……私もサイガ様の隣でその厄介さを何度も見てきましたから……あまり扱いを改めろと言う事もできません。


「あ、護衛費渡すの忘れたな。」

「わ、私が渡してきますよ!」


 今サイガ様が行けばまたあの方を傷つけるでしょう。私はサイガ様から受け取ったいくらかのお金と、私が用意した護衛費を袋に入れて、屋敷を出ます。

 まだ今なら庭の中にいるでしょう。まだ遠くには行っていないはずです。

 少し歩くと、とぼとぼと歩いている女性が見つかりました。


「あの、すみません!」

「……はい、なんでしょうか……」


 私が声をかけると、女性は振り向きました。その顔には涙のあとがあります。よっぽどショックだったのでしょう。


「護衛費をお渡しするのを忘れていまして……」


 そう言いいながら私はお金の入った袋を手渡します。


「ありがとうございます……」

「いえ、護衛をしてくださった方に報酬を渡さないというわけにはいきませんので。」

「……」


 女性はそれを受け取ると、袋をギュッと握りしめました。その手は微かに震えています。


「……あの。」

「はい、なんでしょう?」

「ロロテナさんは…………っ、いえ。なんでもありません。すみません、失礼します。」


 何かを聞きたかったようですが、彼女は顔を顰めた後すぐさま踵を返して去って行きました。



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