第20話 お前はすでに王子ではない クロード王子視点

【クロード王子視点】


「勝者、グランディ準男爵令息……っ!」


 決闘の審判が、敗北を宣言した。


「よし。クロードは敗北。グランディ殿が勝利。仕方あるまい」


 残念そうな表情で、父上がグランディの勝利を認めた。

 だが、私は当然認められなかった。

 自分自身の敗北を――


 (このわたしが負けるわけがない……っ!)


「待ってください! 父上! わたしは負けていません! これは……きっと何かの間違いです!」


 わたしとフェルドとユリウスが負けるなんて、あり得ない。

 まして準男爵令息に負けるなど、絶対に……


「何を言っておる? フェルドとユリウスは戦闘不能。お前は魔法を発動できない。この状況を【負け】と言わずになんと言うつもりだ?」

「しかし……」

「自分の敗北もわからぬとは……それでもお前は王族か?」

「ぐ……っ!」

 

 やれやれと、父上は呆れる。


【クロード王子……かわいそうです】

【きっとグランディが何か仕組んだのよ】

【あたしはクロード王子を支持します!】


 わたしのファンの令嬢たちが、応援してくれる。


 (わたしは負けていないのだ……っ!)


 グランディを応援する学院生は誰もいない。

 これが、わたしが勝利した証拠だ。


「皆の者に問おう! グランディを支持する者はいるか?」


 わたしは観客の学院生に問いかける。

 聴衆を味方につけて、この決闘を無効にするのだ。


 (なんて頭が良いのだ……っ!)


 我ながら自分の知性に惚れ惚れする。

 未来の国王候補のわたしは、やはり凡人とは違う!


【グランディがイカサマしたのよ……っ!】

【クロード殿下の勝ちよ!】

【この決闘はおかしいわ!】


 わたしを支持する令嬢たちが、グランディを責め立てる。


【そうだ! グランディが不正したんだ!】 


 令嬢たちの勢いに押されて、令息たちもグランディを攻撃する。


「クソ……! なんて酷いヤツラなんだ……最低だ」

 グランディが悪態をつく。


 (ふっふっふ……! 形勢逆転だ!)


 これで決闘を「なかったこと」にできる。

 学院生全員が一丸となって、グランディの勝利を認めない。

 グランディの不正をでっち上げれば、アリシアもグランディを見捨てるだろう。

 そうすれば、アリシアはわたしのものだ。


 (わたしに逆らったのが悪いのだ。グランディ……!)


「こんなにグランディ殿が嫌われていたとはな……」


 父上も、わたしの支持者の多さに驚く。


 (これでわたしの勝利だ……っ!)


 と、確信したのだったが、


「バッカもおおおおおおおおおおおおん!!」

「?!」


 父上がブチキレた。


「お前たち! それでも貴族か! 決闘の結果を正しく見ることもできんとは……!」


 国王である父上の一喝に、盛り上がっていた学院生は静かになる。


 (クソ……! みんな黙ってしまった……っ!)


「グランディ殿は、クロードに勝利した。圧倒的に不利は状況にもかかわらず、魔力の多い王族に勝ったのだ! 我が国は実力主義である! 実力のある者は爵位が低くとも、認めなければならぬ……っ!」

「たしかに……父上の言う通り。正論ですわ」


 近くにいたシャルロッテが、つぶやいた。


「シャルロッテ……?」


 信じていた我が妹が、わたしの味方をしない。


 (いったいどうして……?)


「国王のわたしが、宣言しよう。この決闘の勝者はグランディ殿だ――」


 父上が、グランディの腕を持ち上げる。


【そうだよな……国王陛下の言う通りだ!】

【俺たちが間違っていた……】

【グランディの勝ちだ!】


 わたしのファンではない令息たちから、手のひらを返し始める。


【国王陛下が正しいわ! グランディさんの勝ちよ……っ!】


 令嬢でも、わたしの「信者」以外は、グランディの勝利を認め出す。


【今回はクロード殿下の負けね……仕方ないわ……】


 全体の空気に負けて、「信者」の令嬢たちも、(渋々だが)グランディの勝利を認める。


 (クソ……! みんなが手のひらを返しやがって……っ!)


【グランディの勝利! グランディの勝利! グランディの勝利!】


 学院生全員が、グランディの勝利コールをする……!


 (ウソだ……こんなのあり得ない……)


 わたしはその場に、跪いてしまう。


「クロードよ。お前の負けだ。それを認めなさい」


 失望した顔で、父上が言う。


「…………違う。わたしは負けてないなどいない!」

「はあ……お前なあ……」


 父上がため息をつく。


【クロード殿下……見苦しいわ】

【早く負けを認めろよ】

【王子なのにカッコ悪いわ。ガッカリ】


 (すぐに手のひらをくるっと返しやがって……! クソ、クソ!)


 わたしはムカつきまくるが、


「早く敗北を認めよ。我が息子ながら、無様すぎるぞ」

「…………わたしの、負け、とも言えるな…………」

「いや、はっきりとお前の負けだ。それを認めるな?」

「…………はい。父上」


 わたしはうなだれる。


「やっと敗北を認めたか。では、負けたお前に言っておきたいことがある」


 わたしはグランディに負けてしまった……

 つまり……王位継承者から外される。

 王位は妹のシャルロッテが継ぐことになる――


「お前を廃嫡する。お前はこれから……王子ではない!」

「…………えっ?!」


 我が耳を疑った。

 今、父上は「廃嫡」すると言わなかったか……?

 いや、それはあり得ない。

 廃嫡とは、王位継承者から外されるだけでなく、王子の位を外されること。

 さすがにそれは――


「もう一度、言おう。クロード、お前を廃嫡する。お前はすでに王子ではない」

「……そ、そんな! ど、どうして……?」

「決闘の敗北を受け入れられない人間を、我が王国の王子にしておけん。お前は王子にふさわしくない。公爵に降格とする!」

「わたしも父上に賛成ですわ。今回の決闘で、お兄様は貴族の支持を失ないました。ですから王子にしておくメリットはないかと……」

「しゃ、シャルロッテ……?!」


 シャルロッテまで、わたしに追い打ちをかける。


「国王陛下……お言葉ですが、クロード王子を廃嫡にするのはやりすぎじゃないですか?」


 グランディが、父上をいさめようとする。


 (グランディごときに、かばってもらうなんて……!)


 わたしは屈辱でブルブル震える。


「グランディ殿は優しいな。だが、これはもう決めたことだ。クロードを王子にしておくことは、王国の害になる。仕方ないことだ」


 父上はグランディの手を握る。


「見事な戦いであった。圧倒的に不利な状況から逆転。グランディ殿に、我が王国の騎士団を任せたい」


 (な……っ! グランディを王国騎士団に入れるつもりか?!)


 王国騎士団は、子爵以上の貴族しか入団できないはずだ。

 準男爵令息のグランディは当然、入団できない。

 なのに――


「俺ごとき王国騎士団は……」

「そこをなんとか! 頼むぞ!」

「……少し考えさせてください」


 王国騎士団に入ることは、貴族の令息にとって最高の名誉。

 まさか、それを断るつもりじゃ――


「ふむ。そうか。ならば考えてくれ。グランディ殿の意思を尊重しよう」


 いつもは横柄な国王の父上が、グランディの返事を待つだと……


 (あり得ない、完全にあり得ない光景だ……)


「みなさん! 忘れてることがありませんか?」


 アリシアが思い出したように言う。


「えっ? 忘れていること?」


 グランディがアリシアに尋ねる。


「ほら。ファルネーゼ様のことです。賭けに負けたらなんでもするって。だから何かしてもらいましょう。せっかく国王陛下もいらっしゃるし……♪」




 


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