第9話 もしも負けたらヤバいことに…… ファルネーゼ視点

「準男爵令息のくせに……っ!」


 放課後、寮の部屋——


 あたしは紅茶を飲みながらイラついていた。

 グランディごときと誓約魔法をしてしまった……

 まさかクロード殿下が負けるなんて絶対にあり得ないけど、あんな野良犬と「約束」したことがムカつく。


「セリス……っ! さっさとクッキーを出しなさい!」

「はい……! お嬢様!」


 メイドのセリスがビクビクしながら、クッキーを持ってくる。


 (あー! イライラする……っ!)


 グランディのあの顔。

 準男爵の底辺貴族で、しかも今までクラスの「モブ」だったくせに、あたしに偉そうに要求するなんて……

 

 (絶対に足を舐めさせてやるわ……っ!)


 あたしの犬にして、徹底的にわからせてやる。

 あたしだけの玩具にしてやるんだから……


「グランディ……死ねっ!」


 あたしはクッキーを掴んで、セリスに投げつける。


「きゃあああ……っ! お嬢様、やめてくださいっ!」

「クソ、クソ、クソ! クソグランディっ!」


 セリスをいじめても、全然気が晴れない。

 グランディのことが気になって仕方ない。

 あのゴミクズが、あたしの頭から離れないのだ……


 ——コンコンっ!


 ドアを叩く音がした。


「はあはあ……。誰か来たわ。早く出なさいよ」

 

 泣いていたセリスは涙を拭くと、ドアを開けた。


「……! 当主様……っ!」

「えっ? お父様が……?」


 あたしのお父様——ハンシュタイン侯爵が寮を訪ねてきたのだ。

 なぜか立派な燕尾服を着ている……


「お、お父様……どうして学院に?」

「実は王室財務官に任命されてな。それで王都に来た」

「王室財務官……?! すごいですわ!」


 王室財務官は、王国の財政を預かる役職。

 選ばれることは、かなり名誉なことだ。

 王室財務官になれば、次は六元老——国王の側近になれる。

 つまり王室財務官になることは、王国の最上層への足がかりとなる。


「今日はお前に、忠告をする」

「えっ? あたしに忠告……? お父様に心配をかけることは——」

「あるだろう。準男爵令息との【賭け】のことだ」

「ど、どうしてそれを……?」


 お父様は、セリスへ視線を移す。


「セリス……。アンタ、お父様に告げ口を——」

「セリスを責めるな。セリスは必要なことをしたのだ。そんなことより、ファルネーゼ。お前はどうして、危険な賭けに乗ったのか?」

 

 ギロっと、お父様があたしを睨む。


「き、危険はありません……。だって、あのクロード殿下が、準男爵令息に負けるわけないですもの」

「たしかに、負ける可能性は低い。だが、1%でも負ける可能性があれば——」

「お父様、1%でも負ける可能性はありませんわ」

「……断言できるのか?」

「はい。断言できますとも!」


 あたしは自信満々で答える。

 万が一にも、クロード殿下があんなモブに負けるわけないからだ。


「……わかった。娘のお前を信じよう。しかし、もしも負けたら、王室財務官としてのメンツにかかわる。だからその時は——」

「その時は……?」

「お前をハンシュタイン侯爵家から——いや、何でもない。賢いお前なら、言わずともわかるな?」

「はい。お父様……」


 もしもグランディとの賭けに負ければ、あたしはハンシュタイン侯爵家から……追放される。

 お父様の目は本気だ。

 負けたら本当に、あたしを追放する気だ……


「ハンシュタイン侯爵家は、代々、国王陛下の重臣として名誉を守ってきた。娘のお前が、もし準男爵家に負けるようなことがあれば……我が家名は地に堕ちる。そんなことは、絶対にあってはならない」

「よくわかってますわ。お父様」

「ファルネーゼ、お前を信じているからな」


 お父様はあたしを抱きしめた。

 

「お父様。あたしを信じてください! 絶対に準男爵に負けませんから……っ!」



——————————————————

【あとがき】

さらにフラグを立てるファルネーゼであった……


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