第4話 ヒロインは病んでいる
【アリシア視点】
「シド・フォン・グランディさん……」
朝の教室。
あたしはシドさんの登校を待っていた。
(早く来ないかな……シドさん)
ファルネーゼ様のいじめから、あたしを助けてくれた。
――あたしは平民だ。
このハイランド魔法学院は、本来、貴族しか入学が許されない学校。
魔法が使えるのは、貴族だけだからだ。
あたしは平民なのに、生まれつき魔力があった。
だから特別に入学できた……
でも、入学式の日からあたしはいじめられた。
侯爵令嬢のファルネーゼ様に。
いじめられることには慣れている。
地元でも「平民のくせに魔力がある」と言われて、白い目で見られていた……
(あたしは嫌われて当たり前……)
そう思っていた。
だけど――そんなあたしを助けてくれる人が現れた。
シド・フォン・グランディ準男爵令息だ。
「シドくん……早く来ないかな……」
お礼にあたしの部屋で、クッキーをごちそうしよう。
シドくんとたくさんお話して、シドくんのこともっと知りたい……っ!
(シドくんの全部を知りたい……)
いろいろリサーチしたけど、シドくんには今、彼女がいないらしい。
(……誰にもシドくんを渡したくない)
だから、あたしは――
クッキーに、睡眠草を混ぜておいた。
睡眠草は、強烈な眠気をもらたす魔法植物。
それを少しだけ、クッキーに染み込ませた。
(たぶん15分くらいで効き目が出るわね……)
本当はあたしだって、こんなことしたくない。
助けてくれた人を薬で眠らせるなんてよくないことだ。
それはあたしだってわかっている。
でも……シドくんのすべてを見たい。
どんなシドくんも受け入れたい。
真っ暗なあたしの人生に光をもたらした人。
あたしの膨大な魔力でしっかり守ってあげたい……
「シドくんに……あたしのすべてを捧げたいから」
★
【シド視点】
放課後――
俺はアリシアの部屋を訪ねた。
「来てくれたんですね……っ! シドくんっ!」
満面の笑みを浮かべて、アリシアが俺を迎えてくれた。
(いいんだろうか。これ……)
アリシアは「ルーナ・クロニクル」主人公。
乙女ゲームのヒロインだ。
本当ならイケメンの攻略対象たちと一緒にいるはずだが……
「本当に嬉しいです……っ! ありがとうございます……」
アリシアは俺の手をぎゅっと強く握る。
前世でブラック企業の社畜だった俺は、こんなに女の子に感謝されたことはなかった。
(ていうか、転生したってことでいいんだよな……?)
シド・フォン・グランディの記憶も、たぶん残っている。
だが、中身は完全にサラリーマンだった俺だ。
見た目は今朝、鏡で見てきたがイケメンではない。
「クッキーはお好きですか?」
客人用の白いお皿に、クッキーが盛られていた。
「チョコチップクッキーにしました。お口に合えばいいんですけど……」
不安げな表情をするアリシア。
「大丈夫だよ。チョコチップクッキー好きだから」
「ほ、本当に……?! よかったです!」
アリシアは明るい顔になる。
(……そうだ。せっかくだから聞いておこう)
「今って何月何日だっけ……?」
「えーと……6月15日だよ」
「6月15日か……」
6月15日と言えば、すでに最初のイベントであるダンジョン攻略の授業が終わっている。
3人の攻略対象――クロード王子、フェルド魔術師長、ユリウス騎士団長と一緒にパーティーを組む。
このイベントはチュートリアルみたいなもので、基本的な操作を学ぶものだ。
ルーナ・クロニクルは、乙女ゲームでありながら戦闘パートがある。
今、世界中で瘴気が蔓延して人々が苦しんでいる。
これが原作の設定だ。
瘴気を浄化できるのは聖女だけで……つまり、ヒロインのアリシアだけだ。
アリシアは攻略対象たちと一緒に各地に出現したダンジョンを攻略しながら、少しずつ聖女の力に目覚めていくことになる――
「大丈夫……? なんだか怖い顔してるよ?」
「ごめんね。考えごとしていた」
「へえ。どんなこと考えてたの?」
アリシアは俺の顔をのぞきこむ。
(本当のことを言うわけにいかないな……)
「……クッキーおいしそうだな、と思ってた」
「本当? だったら嬉しいな。じゃあ食べてみて」
「うん。いただきます」
俺はクッキーを手に取った――
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