第2話 ヒロインに呼び出される

「……ここはどこだ?」


 知らない部屋で俺は目覚めた。

 いや……ここは知らない部屋ではない。

 乙女ゲーム「ルーナ・クロニクル」に登場する「ハイベルク魔法学院」の寮だ。

 ヒロインの立ち絵の背景に、そっくりだからだ。


「マジかよ……夢じゃなかったのか……」


 まだ俺は乙女ゲームの「夢」から目覚めていないんだ。きっと。


 ――このままじゃ遅刻だ……っ!


 (なんだ……この声は……?)


 どこからともなく聞こえる、誰かの声に導かれて、俺はベッドから起き上がった。


「なんだろう。身体が勝手に動く……」


 まるでプレイヤーに操作されるキャラクターのように、俺の身体は勝手に動き出す。

 何も知らない部屋のはずなのに、俺はクローゼットから制服を取り出して着替える。

 それから半ば無意識に身支度を整えた後、俺は部屋を出た。


 (いったいどこに行くつもりだ……?)


 俺は自然と歩き始める。

 まるで自分がどこに行くべきか、知っているみたいに。

 

 ★


「これ、あの教室じゃん……」


 ハイベルク魔法学院の教室だ。

 立ち絵の背景で何度も見たやつ――

 しかも1年α組。ヒロインのアリシアと同じクラスだ。


「シドくん。おはよう……っ!」


 (あ、アリシア……?!)


 俺が(たぶん)自分の席に座ったら、アリシアが挨拶してきた。

 なんだか深刻そうな顔をして。

 周囲のクラスメイトたちが、俺とアリシアに注目する。


「ちょっと来てくれませんか……!」


 俺はアリシアに手を引かれて、教室の外に連れ出された。

 1階の1年生の教室から、階段を上がって屋上まで行く。

 屋上に到着すると、アリシアは俺の手を放して、


「昨日はありがとうございます……あたしを助けてくれまして」


 深い黒髪と、ブラウンの瞳――優しげな聖女らしい丸い目。

 そしてゲームをプレイしている時は気づかなかったが……胸がかなり大きい。

 つい豊かな胸に、目が吸い寄せられてしまう……


「たいしたことないよ。ただ俺があの女にムカついただけで」

「……そうなんですか。でも、シドくんのことが心配です」

「え……心配って?」


 アリシアの表情が曇っていく。


「ファルネーゼ様がすごく怒っているみたいで……シドくんに酷いことをしようとしているみたいなのです」


 アリシアが言うには、ファルネーゼがシドを退学に追い込もうとしているらしい。

 この世界の貴族には、7つの爵位がある。

 上から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵がある。

 底辺の騎士爵は1代限りの爵位で、準男爵から上は世襲できる爵位だ。

 つまり、世襲貴族の中では、準男爵が底辺ということになる。

 侯爵令嬢のファルネーゼは、底辺の準男爵に恥をかかされて、ブチキレてるようだ。


「シドくんのことがすごく心配で……あたしを助けてくれたせいで、シドくんが退学になるんて――」


 アリシアはうつむいて、スカートをぐっと掴む。

 身体を震わせて……


 (俺のこと、本気で心配してくれているのか……)


 原作の設定でも、アリシアは困っているヤツを放っておけない優しい性格だった。

 攻略対象のイケメンたちも、アリシアのそんなところに惹かれていた。


 (これは夢じゃないかもしれない……)


 俺の心臓の鼓動――これは本物だ。

 目の前のアリシアも、生きた人間にしか見えない。


「本当に、乙女ゲームの世界に転生してしまったみたいだな……」

「え……?」


 アリシアが驚いた顔をする。


「いや、何でもない。ファルネーゼなら大丈夫だよ」

「本当に、ですか?」


 無理やり妹にやらされた乙女ゲーム。

 イベントシーンをコンプリートするために、俺は攻略サイトを見まくった。

 だから俺には、原作知識がある。


「本当だよ。なんとかする」


 しかし、シドのスペックがまだわからない。

 原作知識はあるが、まずは自分の状況を把握しないと――


「…………それで、シドくん」


 アリシアが頬を赤くして、俺をじっと見つめる。


 (どうした……? さっきと空気が変わって……)


「今日の放課後、空いてないですか? 昨日のお礼をさせてください」


 アリシアが俺の手を握ると――


「アリシア! ここにいたのかっ!」


 屋上から聞き覚えのある声がした。

 さわやかな、金髪のイケメンが近づいてくる。


 (クロード王子……っ!)

 

 

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