乙女ゲーのモブに転生した俺、なぜかヒロインの攻略対象になってしまう。えっ? 俺はモブだよ?
水間ノボル@『序盤でボコられるクズ悪役貴
1章
第1話 乙女ゲームの世界に転生してしまった
「あははっ! 平民のゴミはさっさと退学しなさい!」
目覚めると、俺は豪華な大広間に立っていた。
周囲には中世の貴族ぽっい恰好した人たちがたくさんいて——
「平民のくせに生意気なのよ! 死ね!」
ブランドの巻き髪のドレス姿の女の子が、床に跪いた黒髪の女の子を罵倒している。
(あれ……? この光景、どこかで見たことが……)
思い出した——
これは、乙女ゲームの「ルーナ・クロニクル」にあったシーンだ。
ヒロインのアリシア・クラムを、悪役令嬢のファルネーゼ・フォン・ハンシュタインがイジメてるのだ。
たしか原作だと、魔法学院の入学試験で、アリシアが規格外の魔力を叩き出してしまう。
この世界では、平民は魔力がないはずだが、アリシアには魔力があった。
実はアリシアは「救世の聖女」であるジャンル・ダルクの生まれ変わり。
……それは物語の終盤でわかるのだが、今はヒロインが、嫉妬した悪役令嬢にボコられてるわけで。
侯爵家のファルネーゼは、入学試験にトップ合格するつもりだったが、平民のアリシアに取られてしまったのだ。
「汚れた黒髪のくせに、調子乗るじゃないわよ!」
汚れた黒髪——
この世界では黒髪は「不吉」だとされる。
かつてジャンル・ダルクに封印された、悪魔王メフィストフェレスが黒髪だったからだ。
だからこの世界では黒髪は差別されている……
「これで清めてあげるわ……っ!」
ファルネーゼはエールの入ったグラスを、エリシアの頭上に——
(ここで攻略対象のイケメン王子が助けに来るんだよな……)
「汚れた黒髪! ゴミ! クズ! 死ね、死ね!」
(…………)
俺はイライラしてきた。
妹にイベントシーンをコンプリートするよう頼まれて、無理やりプレイさせられた。
シナリオは乙女ゲーらしく、女の子にとって都合のいい世界。
イケメンにチヤホヤされたいという、女の子の夢(妄想)に溢れた世界。
「や、やめてください! ファルネーゼ様!」
「エールで髪を洗いなさい! 汚い平民!」
前世でファルネーゼみたいな女上司がいた。
気に入らないことがあると、ヒステリックに部下にキレまくる。
「仕事遅いわよ!」
「そんなこともできないの!」
「アンタの替わりなんていくらでもいるわ!」
(……すげえイライラしてきた)
そして、ついつい俺は——
「おい。やめろ」
とっさに、ファルネーゼの腕を掴んだ。
周囲のキャラたちが、俺に注目する。
「——はあ? アンタ誰よ?」
(ヤバい……俺は何をやって)
ていうか、俺は誰に転生したんだ?
男キャラだから攻略対象だよな……
クロード王子?
フェルド魔術師長?
ユリウス騎士団長?
(いったい誰だろう……?)
「シドくん……」
アリシアが俺の顔を見てつぶやく。
(シド? シドって誰だ? そんなキャラいたか?)
「ファルネーゼ様、そいつはシド・フォン・グランディ準男爵令息です。一応、私たちと同じクラスです」
取り巻きの令嬢の一人が言った。
(そんな名前のキャラいなかったよな……)
「はっ! 準男爵ごときが侯爵令嬢のあたしに逆らう気なの?! モブは引っ込んでなさいよ!」
シドは名前のないキャラ——モブキャラだ。
いや、そんなことはどうてもいい。
とにかく俺は、目の前のこの女が——ムカつく。
「さっきから聞いていたら、平民のくせにだの、汚れた黒髪だの、人を見下しやがって……。アリシアが何をした? ただ自分の力を発揮しただけだ」
「な、な、な……何よ! 準男爵のくせに……」
ファルネーゼの顔が、真っ赤になる。
「はあ? 結局、爵位に縋るしかないってか?」
「ち、違うわ——」
「自分が見下してた奴に負けたから、嫉妬してるだけだろ。ゴミはてめえだ……っ!」
大広間に響くデカい声を出してしまう。
周囲の貴族たちはざわつくが、
(ふう……スカッとしたぜ……!)
「……お、覚えておきなさいよ」
ファルネーゼは取り巻きたちと去って行く。
「大丈夫か?」
俺はアリシアに手を差し伸べて、
「……ありがとう。シドくん」
——これはきっと夢だ。
乙女ゲーをやりすぎて見てしまった夢。
あと少しで目覚めて、また社畜生活が始まる。
……この時、俺はそう思っていた。
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