第1話 放課後と夢

「――今日も更新されてたんだよ、『月刊シンデレラ』!」


 外がだんだんと暖かくなってきたであろう六月半ば、放課後の2年D組の教室では机に腰かけた活発そうな男子が3人の友人に向けて熱弁していた。

 話題は、一か月に一度必ず話が増えていく作者不明のマンガ。

 彼がそのマンガ『月刊シンデレラ』 (彼が勝手にそう呼んでいるだけだが)を発見したのは二か月ほど前らしい。

 ここ、桜陵おうりょう高校は生徒が男子棟と女子棟に分かれ、同じ敷地内だというのに授業も行事もバラバラに行う男女別学の高校だ。

 その男子棟の校舎の屋上に続く階段にぽつんと立っている使われていない掃除用ロッカーにやけに丁寧に保管されている大量のマンガ用原稿用紙に描かれたマンガの束。

 夢中になって読み漁った彼は今この場の3人の友人にも勧め、さらに読み返しに何度も掃除用具ロッカーに足を運んでいるようだった。

 そして、ごくまれに新しい話が増えていることがあると気が付いた――と、ここまではいい。

 問題は、その後だ。


「いや、だがな?それが幽霊だか妖怪だかが描いたってわけにはならねえだろ?」


 頬杖を突きながらも他の友人たちよりはまあまあ耳を傾けてやっていた男子生徒が呆れたように口をはさむ。


「ったく、陽一はるいち。これだからロマンのない男は困るねぇ。こういうやつが日本をだめにしてるんじゃねえかって」


 10倍で呆れ返した熱弁男子。

 曲がりながらも歩み寄ろうとしてくれた友人にこんなカウンターをかましても友情にひびが全く入っていないところを見ると、こんなやり取りは日常茶飯事なのだろう。


「いいか?兄貴に聞いてみたところ、あの掃除用具ロッカーのある場所は深夜に明かりがついてることがあるんだってよ。こんなの、ただの生徒がする所業じゃない。霊の類だよ、このマンガを描いてる奴は」


「そうかい」


 陽一――日本をだめにするやつ、と呼ばれた男子は反論する気力を失ってしまったようだ。


「絶対!!絵を描くのが好きで、可憐で笑顔がかわいい女子の霊だ!!」


 熱弁男子がアホみたいな台詞をアホみたいな声量で言い放つと、先程まで彼の話をまるで聞かずに互いのスマホを向けあってゲームに没頭していた二人の男子が反応した。


「え、女子なの」

「その話、詳しく聞かせてもらえる?」


 より日本をだめにしそうな二人の食いつきに熱弁男子の顔は華やいだ。


「お前らなあ、彼女の作品をちゃーんと読んでないから気が付かないんだよ。せっかく俺が勧めたのに」


 にこにこ。


「いいか?まず『月刊シンデレラ』には少年漫画のようなアツいやつもあるけど胸キュンが止まらない少女漫画チックな作品にはずれが無い。それに彼女の描く風景や表情の繊細な表現、これは日常の多くのものに慈愛を持つ美しい心の持ち主にしかできない!間違いなくかわいい女子が描いてんな。だから、『シンデレラ』なんだよ」


 スマホゲーム男子二人がどよめく。


「やった。斗真とうまを踏み台に俺にもお近づきの機会があるかもしれない」


「嘘だろ、まじかお前」


 うち一人が淡々と放ったとんでもない発言に眼鏡の男子が驚く。

 そして熱弁男子は斗真という名前らしい。


「あ、そういえばね。女子の方のバレー部の一年生のかわいいと噂の人の話をしようか」


「いやそれ俺らが知って何ができるんだよ」


 先ほど踏み台発言をしたとんでもない男子の再びの爆弾投下を今度は斗真くんがバッサリと切る。

 少女の霊ならなんとかできるとも思わないでもらいたい。


「一応聞こうか」


「うん。な、みんな」


 意外にも眼鏡の男子と、日本をだめにすると言われた陽一くんが食いつくと、バレー部1年女子の話題を皮切りに彼らは女子への漠然としているようで妙に具体的な夢を語り始めた。


 ため息を一つつく。

 それにしても、話題になるなんて何十年ぶりかな。

 男子たちの夢を後ろに、マンガへの称賛を受けて足どりが軽いのを自分で感じながら、


 私――望月もちづき 怜奈れいなは扉をすり抜けた。

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