消えたお隣さん
ちょび@なろうから出向中
1.母の直感
「あの人、最近見かけないねぇ…」
七五三も過ぎ、冬の足音が高まって来たある夜の事。
今年、喜寿を迎えた母が首を傾げながら呟いた。
「へ?誰の話?」
台所で遅い夕食を作りながら、私は聞き返す。因みに今日のメニューは豚コマの野菜炒めだ。
「ほらぁ、お隣のぅ古関さんよォ」
「あー、古関のおじさんか。どうしたの?」
古関さんは、隣家で独り暮らしをしている男やもめだ。ベテランのタクシードライバーで、会社でも何度も表彰されていた。
定年後も嘱託と言う名のピンチヒッターとして呼ばれたり、保育園の送迎バスをボランティアで運転したりと
行動派の熱血漢としても知られており、ご近所で揉め事が起こると率先して事態に介入する事でも知られていた。
我が家も暴君だった
「で?おじさんがどうかしたの?」
玉ねぎを切る手を止め、私は茶の間に居る母の方を振り返った。
「それがねぇ、庭にも出て来ないのよォ。この前までせっせと菜園の手入れしてたのにィ」
要領を得ない、やや間伸びした返事の時は、大抵お気に入りの番組にへばり付いているか、単純に眠いだけか。
推理ドラマのBGMが聴こえているので、この場合は前者の様だ。
「単に機会が合わないだけなんじゃないの」
そもそも生活リズムと言うか、外に出る時間帯が合わなければ隣人と言っても顔を合わせる機会は減る。
やや
顔を合わせる時も古関さんに呼び出されるケースが殆どだ。
それはもう、ものすんごく、でっかい声で。
やや耳が遠くなった母にはそれでもやっと聴こえる程度だが、こちとらそうじゃない。すわ何事か!と慌てて飛び出す羽目に陥るのだ。
その結果、菜園の
「家を留守にしているんなら、恒例の海釣り遠征に行ったとかじゃない?」
フライパンを火にかけて、私は母に尋ねる。
春のはじめと秋の中頃の年二回、古関さんは決まって職場のドライバー仲間と他県での海釣りに出掛ける。全員が運転のプロなので、S.A.で交代しながら車をかっ飛ばすのだそうだ。
そう言えば春先に貰ったお魚、美味しかったな。名前は分からないけど。
そんなしょうもない事を思い出しながら、私は味噌汁を盛り付け、食卓へと運んだ。秋も深まり日没も早い。
「でもねぇ、回覧板を回しに行ったら
漸く
「う〜ん、別の人の車で行ったんじゃない?」
そんなに気にする事でも無し、私はそう思って会話を打ち切り、出来上がった豚こま野菜炒めを食卓に運んだ。
「やだぁ、何そのブタのエサ!アンタ共食い?」
母は料理に見向きもしないで、お気に入りの菓子パンを貪りだした。これも毎度の事で、何度ヘルパーさんに叱られても聞く耳を持たない。
後から思えば、私はこの時すっかり忘れていたのだ。
ボケ始めているとは言え、母の直感が異様に鋭い事を。
何故、母が急に古関さんの事を気に掛けたのかを。
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