見慣れた世界から遭難

ろくろわ

彼は運が悪かったのか

 事故調査員の秋次あきなみ印南いんなみは、今回遺体で発見された大梨おおなし 和成かずなりの経過を調べる為、太平洋の沖合いにある無人島に来ていた。


 豪華客船ローライ・フローズド号が太平洋沖で沈没したとニュースになったのは四日前の事であった。

 テレビで流れる多数の行方不明者の氏名の中には、二十歳になったばかりの大梨 和成もあった。誰もが彼の無事を祈っていたが残念な事に、彼は船が沈没してから五日後に沈没した海域から少し離れた無人島で遺体となって発見された。


 死因は餓死。


 豪華客船ローライ・フローズド号の沈没から運良く無人島に流れ着いた彼は五日の間、飲まず食わずで過ごしていたのだった。


 しかし彼の死には不審な点が多く見つかった。


 彼の遺体の近くには、ローライ・フローズド号が沈没した際に持ち出せたと思われる緊急避難バックが落ちていた。中には数日分のカンパンや缶詰、耐水性のマッチ、水のろ過装置や釣竿が入っていた。更に無人島には蜜柑やバナナと言った果物や綺麗な川の水、海には魚や貝も豊富にあったのだが、そのどれもが手付かずのままであった。

 彼の遺体はとても綺麗で解剖の結果、外傷や病気の痕跡などは無く、その場から動けない訳ではなかった。

 更に彼が所持していたスマホには「この島はばかりだ」との意味深なメッセージが残されていた。


 一体彼は何故五日もの間、食べ物や水分が近くにあったのに補給をすること無く、その生涯を閉じたのか。

 スマホのメッセージにはどんな意味があったのか。

 秋次と印南は彼の行動を追ってみる事にした。


 まず彼が流れ着いたと思われる砂浜から二人は行動を開始した。砂浜から陸地に向かって進むと徐々に木々が増え、手付かずの森が直ぐに現れた。


「秋次先輩、大梨さんはこの森に入ったのでしょうか」


 森に入って直ぐに後輩の印南は身体に当たる木々を嫌そうに避けながら話しかけてきた。


「さぁどうだろう。遺体が見つかったのは砂浜だったから、もしかしたら一歩も動かなかったかもしれない。だけど何か痕跡がないか探すのが俺たちの仕事だ。それに遭難してたどり着いた島に人がいないか探すためこの森に入った可能性は高い」

「確かにそうですね。草をかき分けて進むのは嫌ですけど僕も命がかかったら確かに進みますね」


 印南は少しずれた答えをしていたが、今時の若い子はそんなもんだろうと秋次はあまり気にしていなかった。

 二人が森の奥に進むと暫くして小さな川が現れた。水質は分からないが、パッと見ただけでも澄んでいるし避難バックのろ過装置を使えば安全な水が確保できそうだった。更にその近くには蜜柑やバナナの木といったものが其処らにあり、手に入れるのも容易であった。

 秋次は周囲の状況を確認したが、地形的に食べ物や飲み水が手に入らなかったとは考えにくかった。砂浜からも近く、道中も危険な箇所はなかった。なら何故、大梨は水や果物を取らなかったのか。

 秋次が一人考えている時だった。


「秋次先輩。ここ凄いっすね、蜜柑やバナナの匂いがします!これなんて蜜柑の匂いにそっくりですよ!」

「印南、何を言っているんだ?そりゃあそうだろう」

「えっ?何で当たり前なんですか?」

「そりゃあ蜜柑から蜜柑の匂いがするのは当たり前だ」


 どうにも印南と話が噛み合わない。印南もそう思っているのか、秋次の前に持っていた蜜柑を差し出した。


「どうしてこれから蜜柑の匂いがするんですか?それじゃあこれはどうしてバナナの匂いがするんですか?」


 印南の行動に秋次は困惑した。印南は蜜柑やバナナを手に取り、それからどうしてそれらの匂いがするのか聞いてくるのだ。当たり前だとしか答えようがなかった。


「印南、お前蜜柑を見たことあるか?」

「秋次先輩!バカにしないでくださいよ~。それくらい僕だって分かります」


 そう言って印南は右手で少し潰れた丸を作り「これくらいの果物ですよね」とジェスチャーをしてきた。


「それにしても秋次先輩。この場所、こんだけ蜜柑やバナナの匂いがしているのに実物が無いとか大梨さんもさぞ落胆したことでしょう」


 その時、秋次は印南が蜜柑を粒や実の事を指していると何となく理解した。それと同時に一つのあり得ない考えが浮かんだ。


「なぁ印南。って知ってるか?」

「かんぱんですか?何でしょう、缶のパンとかですか?でもそんな缶のパンなんて食べれないですよね?」

「印南、この川の水を飲もうと思うか?」

「えっこの水って飲めるんですか?蛇口が何処かにあるんですか?」


 秋次はその言葉を聞き、何故大梨が「この島はばかりだ」と残したのか理解した。


「印南!日本へ帰るぞ。お前のお陰で大梨さんが餓死した理由が分かったぞ」

「えっどう言うことですか?」


 秋次は印南の言葉を待たず、砂浜へと引き返していった。

 秋次の出した答えは到底理解できないものだった。

 だが、現に大梨と同年代の印南から同じような台詞を聞けた事を考えると、どんなにあり得ないものでもそれが答えになる。


 秋次はどう調査報告書をまとめようか頭をかいた。




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