傘に恋した彼女と私

エイミー

第1話 新しい出会いと私!

新学期の私の隣の席は変な子だった。


その女の子は私より先に学校に来て、隣に静かに座っていたのだ。


彼女はまるでそれに恋したかのように、一本の"傘"を常に、肌見放さず、どこへ行くときも持ち歩いていた。


彼女は人に冷たく、そしてあまりクラスに溶け込むような人ではないとの噂である。ほとんど表情も変えないらしい、だから、ただそこにひっそりと座っている、私より一回り小さい彼女が、少しばかり厳かな何かに感じられてしまう。


私の高校生活2年目は、ある意味では真新しく、それでいて妙で、突飛な出会いがスタートを切って、その幕が開いたのであった。



第1話 新しい出会いと私!



じゃらららーーん、と、Eのコードの音色が私の部屋に鳴り響く。うーん、やっぱいいねえこの音。この落ち着くんだけど、未来をちゃんと見据える感じ。好きなコードのひとつだ。


私、吉野仄は学校に行く前の早朝、自室で私のギターを触っていた。


音楽に憧れて訪れた楽器屋で、可愛らしいデザインと、あとちょうどいい値段に惚れて自分で買ったやつ。


なんだかんだ3年近く続いてる私の趣味だ。


朝はちょっと早起きしてコーヒーを淹れて、それを楽しみながらギターを奏でる。うん、我ながらいい趣味してんなと思う。


麗らかな日なんかもう最高だ。さえずる小鳥と自然に囲まれて、書斎に吹きゆく春風に靡いて、透き通るような音を奏でる…て、具合の私の理想的な朝とはかけ離れてて、残念ながらここは普通に賃貸の戸建てのおもしろみもない2階の私の部屋なのだが。


…さて、そろそろ行くか。私は最後にギターから左手を離し、開放弦を鳴らして素早くミュートした。終わりにはいつもこうしてしまう謎の習慣。


それからギターを部屋の隅に立てかけて、代わりに学校の荷物が入ったリュックサックを背負う。もう支度も済ませていたから、あとは行くだけ。


転ばないようゆっくりと階段を降り、玄関前の鏡で襟を正した。肩まで伸びた黒の髪を左、右と確認し、前髪を軽く人差し指で整える。


準備完了だ。扉を開け、鍵を締めて歩き出す。

今日は高校2年生になって初めての登校日なのだ。


ちなみに通ってるのは公立の女子校。新しい出会いにわくわくする。


心做しか、少し弾んでしまうのだ。




教室に着いてすぐに、黒板に張り出されている座席表を見て、自分の席がどこなのか確認する。


私の学校では旧学年の修了式の日に新しいクラスが発表され、その日に荷物を新教室に移動させてしまったり、新しい教科書を貰ったりする。


で、そんときだけ出席番号順で座っているのだけれど、新学期が始まったらすぐに席替えしてしまうのだ。番号が近い人は今後ともなにかと関わる機会が多いだろうから、もっと他の人とも交流を〜みたいな。


だから今新しい席を探…おっ。

「…窓際」

窓際4列目。いい席を引いて思わずそう呟いてしまう。

いいじゃんいいじゃん。端のほう好きよ。


4列目まで数えて進んで、私の席に荷物を下ろした。

春も初めの方だからまだそこまで陽は強くないけど、窓際席だから差す光が少し眩しい。

そこで私と結衣ちゃんは出会ったのであった。


隣の席には、先客が座っていた。それは水村結衣のことで、この学校のちょっとした有名人である。


その理由はというと、彼女がいつ何時も持ち歩いている傘のためだ。


1年のとき同じクラスではなかったし、あまり詳しくは知らないけど、彼女はお気に入りなのかなんなのか知らないが、彼女であろうの傘を肌身離さず持ってるそうなのだ。


え単純に考えてどういうこと?しかも持ってんの和傘。いやそこは関係ないか。


とにかく変な子過ぎるのだ。そのせいかろくに仲良い人もいないとの噂。

そんな子の隣になってしまった。


彼女の机を見ると、件の傘が横に立てかけられていた。

赤い体に、花の模様があしらわれているような綺麗な和傘。


ほえーこれが噂の結衣ちゃんの傘かあ。なんだか可愛いなあと思いながら私はとりあえず背負っていた荷物を床に降ろした。彼女はリュックサックから教科書なんかを取り出していた。私の方には気づいてないのかな?


結衣ちゃんは第一印象とても物静かで大人しそうな子で、多分あることないこと噂されていたのだと思うけど、私ももっと変な人なのかと思っていたけど、どうもそうでもなさそうである。


私より少し小さくて、そして私より少し長く、肩の下まで伸びた髪を後ろで一つに結いて下げてある。どこか町娘のような可愛げがある。


髪は綺麗に手入れされているような艶やかさ。少し茶味がかっていてとても可愛らしい。

…え、というかよく見るとめちゃくちゃ可愛くない?前までてっきり関わらないほうがいいタイプの人なのかと想像してたけどこんなに可愛い子だったなんて。誰か教えてくれたっていいじゃん。


私の中の熱い心が滾った。これは絶対に仲良くなりたい。

なんだかこの子となら楽しい高2生活を送れそうだと直感が言っているのだ。


…というのも、私の高1は正直全力で楽しめたとは言えなかった。


友達がいなかったとかそういうのではないのだけれど、去年のクラスは何かと騒がしかったというか、丸い言い方をすれば流行に敏感な人が多いというか。私は流行りに疎いからイマイチ雰囲気に馴染めなかったのだ。


話しかけてくれる人は多かったし、人間関係で困ることはなかったけど、同調するのはなかなか疲れる。


うるさい人苦手だし、安穏な日常を求めていた。


…控えめそうで、落ち着いて話せそうな人。結衣ちゃんはそんな感じがする。私の需要にドンピシャ…。


それに、一目惚れしそうなくらい可愛い子だ。私は可愛いのが大好きなのだ。愛でたい…


とにかく!この子と友達になりたいと思ったのだ。正直去年度、かろうじていた何人かの仲良かった人がみんな別のクラスになってしまったから、友達ができるかちょっと心配…ってのもある。




あれこれそんなこと考えてんと、ようやく私に気づいたのか、結衣ちゃんはちらっと私の方を見た。


「え…なんですか…?」

椅子にも座らず彼女のことを見すぎていたせいか驚かれた上めちゃくちゃ怖がられる。しまった。


「あ、おはよう」

急に冷静になってしまった。


「ん……おはようございます」

結衣ちゃんは最低限それだけ言って視線を戻す。


私は椅子に座りつつ続けざまに話しかけてみる。

「ええっと、いい天気だね!」

「そうですね」

「…………」

会話が終わってしまった。まずい、こんなんじゃ仲良くなれないよ。


なにか言わないとという気持ちに駆られ、でも何を言おうと苦心する。


「え、えっと」

尚早に口を切ってしまい、「…?」という表情で見られる。


不意に結衣ちゃんの傘が目に入る。そうだ。

「か、可愛いね!その傘」

「はあ…ありがとうございます」


多分ミスった。明らかに私に興味のない視線だ。


「…ねえあの子じゃない?」

もうどうすればいいの〜と心の中でため息をつきながら席に腰かけると、どこからかそんな声が聞こえてきた。

「ほんとだー、愛理話しかけてみなよ」

「えぇー。めっちゃ冷たいって噂だよ?怖いー。なんかいつもなぜか傘持ち歩いてるらしいし絶対ヤバいでしょ」

誰だ?後ろのほうだ。結衣ちゃんのこと言ってんのかな。


振り向かずに聞いてるとなんやかんや押し問答した結果結衣ちゃんの隣に1人の女子がやってきた。

「あー、水村さん?ちょっといい?」

水村というのは結衣ちゃんの名字だ。


「…何ですか」

「その傘可愛いねー、ちょっと見してくんない?」

「嫌」

きっぱりだ。

あまりの即答にその女子は唖然としていたが、自分から来たのに、わざわざ来たのに…と小言を言い出した。

「えーつまんなー、傘はカワイイけど可愛げない」

えっ酷くね?結衣ちゃん黙ってるけどこれ言い返していいやつだ。

思わずがたっと机に手をついて立ち上がる。


「ゆ、結衣ちゃんだって可愛いから!」


騒がしかった教室が静まり返る。

いやお前が勝手に来たんだろーって思いつつ、結衣ちゃんがぞんざいに扱われてるのが嫌でとっさにとんでもないこと言ってしまった。

え何やってんだ私。


結衣ちゃんに目を丸くされる。次いで教室がざわつく。

…やっちまった!まじでなんてことしてんだ。


ほんとに何してんの!?バカなのか!?

あの女子は苦笑いしながら、あ、すいませんーってかわいそうな人を見る目で言って足早に去っていった。


まずいまずいこれは絶対に結衣ちゃんより変人だと思われている。


ざわつくクラスをバックに私が放心で席に着くと、結衣ちゃんがとんとんと、指先で優しく肩を叩いてきた。

「あの…どういう意味ですかあれ」

結衣ちゃんが小声で言ってくる。

椅子にもたれたまま横に振り返る。


「ああごめんなさい…ごめんなさい…」

「ちょっと、しっかりしてくださいよ」

魂の抜けた私を気にかけて結衣ちゃんが、おーいと私を連れ戻すように顔の前で手のひらを上下した。

はっと我に返る。


「ああっ結衣ちゃん!?どしたの?」

「こっちのセリフなんですけど…」

結衣ちゃんは呆れた顔をする。


「あっそうだよ私っ、あーーごめんねえ、結衣ちゃん…変なこと言っちゃった…」

思い出し机にうなだれる。そうだよ頭おかしいこと言ったんだよ。


「ほんとですよ…」

ちらっと結衣ちゃんの方を見ると、彼女は机の横の傘を手にとって眺めていた。私の方は見てない。

とても似合うと思った。赤い傘と結衣ちゃん。差したらどんな風に映るんだろう。


「でも、ありがとうございます。ちょっと嬉しかったですよ」

突然彼女はそんなことを言った。

驚いて見上げると、やっぱり私の方を見てはいなかった。



「結衣ちゃん家どのへんなの?」

「えっと…駅の反対側です」

「同じだ!私もそっち側。もしかして家近かったりする?」

「どうだろ…スーパーの辺りなんですけど」

「あーそっちかー、私は公園とかあるほう」

「そうなんですね」


放課後。他愛のない話を続けながら私と結衣ちゃんは2人で帰り道を歩いていた。

朝のことがあり、吹っ切れ、勢いで一緒に帰ろって言ったら頷いてくれた。今日は始業式だから半日だけで、まだお昼だ。


最初のうちはろくに口も利いてくれなかったけど、帰り中に、普通に話せるくらいにはなっていた。

「今日も疲れたー、明日休みなのが救いだよ」

「疲れたって、今日半日だけですけどね」

結衣ちゃんはくすっと笑ってくれた。

…なんだか触れ込みとは全く違う子だと思った。


他人から聞いていた通り朴訥で、人に興味のないような冷たい人だとまでは思っていなかったけど、なんというか大人しくはあるのだけれど、内面は朗らかな子って感じがする。


しばらく歩いてると突然、どこからかぐーっと小さく可愛らしい音が鳴った。なんの音?と思ってると結衣ちゃんが慌ててお腹を押さえた。

あ結衣ちゃんか。お腹すいてんのかな。ちょっと恥ずかしそう。


「あ…すみません、おなか空いてて…」

「そうなの?大丈夫?」

「はい、ちょっと最近食べてなくて」

「え何最近って。今日の朝抜いたとかそういうのじゃないってこと?」


結衣ちゃんの言い方を疑問に感じて問いただしてみると、どこか言いづらそうに目を逸らされた。少しして私の方を見る。


「えっと実は私お父さんに勘当されて、一人で暮らしてるんですけど、それであんまり食べれてなくて」

「はあっ!?何それ!?」

自嘲気味に笑ってた結衣ちゃんは私が急に大声出したからかびくっと体を震わせた。


「え…いや…そのままなんですけど…」

何があったのか詳しく訊こうとしたけど、まだ出会って初日の人間が他人の事情に踏み入るっていうのも違う気がして、やめた。

てか、どんな親だ。子どもまだ高校生だよ?心配過ぎる。


その話が本当かもわからないけど事実なら一大事過ぎて、私に何かできないかと考える。

そこで、1ついい案が浮かんだ。


「そうだ、このあとって暇?」

「…え?今日は何も無いですけど」

藪から棒に脈絡ないこと言ったからきょとんとされる。


「じゃあ、私の家来てよ!お昼ごちそうするからさ」

そうすると結衣ちゃんは慌てて手を横に振った。

「わ、悪いですよ」

「私が心配なの!」

結衣ちゃんは申し訳ないと思ってるのかなかなか賛同してくれない。

「でもでも、私バイトとかもしてますしそんなに心配しなくてもっ」

「いいから!来て来て!」

結衣ちゃんの腕を掴んで軽く引く。すると諦めたのか渋々ついてきてくれた。


「いいんですか…?ほんとに」

「もちろんだよ」

結衣ちゃんを連れて一緒に歩いていく。

本気で心配しながらも、結衣ちゃんと仲良くなるいいチャンスなのではないかと思ってしまったのだ。

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