第二章「神崎柚乃」
イントロダクション
――ああ、柚乃? もしかしてバイト中だった? だとしたらごめんね。私の仕事のほうなんだけど、検証がだいぶ進んで落ち着いてきたから、週末はたぶんそっちに帰れると思う。じゃあ、家出るときまた連絡するね。
チャットアプリで、姉とこんなやり取りをしてから三日後となる十二月二十五日。
この日が姉の命日となった。
我妻研究室がある建物の真下にある歩道で、頭から血を流して倒れている姉が発見されたのはこの日の早朝。この時点で姉は心肺停止の状態であり、ただちに近くの病院に救急搬送されたのだが、そのまま息を引き取った。
死因は、出血性ショック死。
姉が寝泊まりをしていた三階の窓から転落したのだろうと推測された。
遺書はなく、前日の姉の行動にも特別おかしな点はなかった。とはいえ、事件性を示す証拠はいっさいなく、事故か自殺で間違いないだろうとして警察は捜査を打ち切った。
だが、私は信じていない。
年末年始を、私と二人で過ごす約束をしていた姉が、自ら命を絶つはずなどないのだ。
絶対に!
だから私は、姉の死の真相を知っている可能性のある最後の人物、仁平薫への接近を
私が記憶を消してから、頭の中に宿ったこの記憶が、薫さんのものであることは知っていた。記憶の中で、彼は葉子さんの名前を呼んでいたから。
彼は、我妻教授のことを恨んでいる。彼ならきっと何かを知っている。そう思ったんだ。
それなのに。
わかったのは、私と彼が同じ日に記憶を消していたという事実と、彼が思いの外良い人だということだけだった。
なんなのこれは。こういうのは困るんだよな。
彼が救いようのない悪人だったなら、心の底から憎むことができたのに。
*
姉の墓前に花をそえて手を合わせた。
またくるね、と小さく声に出した。
春の訪れは、まだ少し先のようだ。
*
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