第13話 思わぬ客

「ルイサ・アゲットと申します。いつも兄がお世話になっております」

「サラ・ワイトよ。将来姉妹になるのだから、仲良くしてほしいわ」

「光栄です」



 そう言って私は差し出された手をぎこちなく握る。

 目の前に佇んでいるサラ様は、本当に私と同じ貴族なのか、と思うほどお上品で美しい。


 

 サラ様との茶会は私の体調が回復した翌日に行われる事になった。


 最初は私が原因不明の病をうつさないかと心配していたが、婚約者のトマスが度々翌日にお見舞いに来ている事を知っているようで、「問題ない」と言われたそうな。

 むしろ、体調を崩す可能性が高いとサラ様は判断していたらしく、本来は翌日に茶会を設定していたのだとか。

 

 そう言われたところで、サラ様は私の病気について知っているのでは、と感じたのだが……聞けるような雰囲気ではない事を肌で感じた。



 彼女は小柄で可愛らしい外見をしていて、一見すると優しそうな雰囲気を纏っている淑女……だが、瞳は違う。私の本質を探ろうとしている。

 だからだろうか、私の一歩後ろに立っているお兄様からも緊張が伝わってきた。

 

 私は彼女の視線を逸らす事なく、引き攣りそうな笑顔でサラ様の目を見続けた。ここで負けるわけにはいかない、何となくそう思ったのである。

 永遠続くかと思ったその時間は、あっさりと終わった。その後すぐにっこりと笑みを見せたサラ様との会話はどんどん続く。彼女に着席を促された私は、粗相をしないよう細心の注意を払って席に着いた。



 サラ様、お兄様、私の三人での歓談の時間が続く。

 主な内容は学園についての話で、領地で勉強をしていた私であれば、最初の一年は問題なく過ごせるだろうとお兄様が言っていた。

 サラ様も先程の私の礼を観察していたらしく、「先程見た限りは問題なさそうですわ」と教えてくれ、令嬢が学園でどのような事を学ぶのか、学園内での暗黙の了解とされている話などを色々とお話ししてくださったため、私もとても勉強になった。


 一時間ほど話していただろうか。サラ様と私がお兄様をそっちのけで話をしていた頃、彼女の元に執事がやってくる。彼から手渡された手紙を見て、お兄様に身体を向けた。

 


「ザカリーさん、私の両親が商品開発の話をお聞きしたいそうですが……今お時間宜しくて?」

「ああ、構わないが……」

「中庭で私の両親が息抜きにお茶を嗜んでいるそうですわ。アル、ザカリーさんをご案内して差し上げて」

「承知致しました」



 お兄様はアル、と呼ばれた執事の後に付いて席を外す。彼の背が見えなくなったその途端、私は急に不安を感じていた。会話に混ざっていなくても、お兄様の存在は心強かったのだ。その事に今更ながら、気づく。


 でも私だってこのまま怖気付いていられない。

 何が来ても私は、大切にしてくれるお兄様のために頑張りたい、そう気合いを入れ直したその時。



「サラ、そのお嬢様がザカリーさんの妹様かしら?」

 


 鈴の音のような綺麗な……まるで歌を歌っているような声が私の耳に入る。隣では既にサラ様が立ち上がり、礼を取り返事をしていた。

 私もすかさず席から立ち上がり、礼をとる。この声の持ち主に心当たりがあるからだ。


 ヒールの音が段々と私たちに近づいてくる。そして前で止まったと同時に、頭の上から声がかけられた。



「サラ、妹さん。頭を上げてちょうだい」



 顔を上げれば、そこにはまるで物語のお姫様のような美しさを纏った淑女が立っていた。サラ様が頭を下げ、絶世の美女でこの場に訪れても不思議でない人は一人しかいない。


 完璧な淑女と呼ばれる、アシュリー・サンタマリア侯爵令嬢である。

 あまりの美しさに見惚れてしまっていたらしく、私は声をかけられた事で意識が戻る。

 


「私はアシュリー・サンタマリアと申しますわ。どうぞよしなに。妹さんのお名前を伺っても?」

「っ……私はルイサ・アゲットと申します。お目に掛かれて光栄です」



 裏返りそうになる声を寸前で呑み込み、何とか私は名前を伝えることができたが、まだ油断はならない。サラ様と同様にサンタマリア侯爵令嬢様も表面上は穏やかではあるが、私を見極めている。

 お兄様には散々迷惑をかけてきたのだ。もうこれ以上足を引っ張るわけにはいかない。

 

 震える身体を叱責し、しゃんと背筋を伸ばして二人に向かって微笑む。そんな私にサンタマリア侯爵令嬢は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑みに変わった。



「サラ、良ければ私もお話に加わっても良いかしら?」

「ええ、勿論。アシュリー様、その前に場所を変えても宜しいでしょうか? 少々日差しが強いですから、屋敷の部屋を用意致しますわ」

「サラ、ありがとう。ルイサさんもそれで宜しいかしら?」

「はい」

 

 

 サラ様は近くにいた侍女たちへと指示をし終えると、私たちを先導して屋敷に向かい始める。その後ろに侯爵令嬢様、そして私が続き、サラ様が用意していたという部屋に入っていったのだった。

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