第4話 雷の日に、雷が怖い君と
光はカーテンをめくって窓の外を眺めた。
窓の外には黒く塗りつぶされたような闇が広がっている。
……驚くほど真っ暗だ。
屋根をたたく雨粒。
そして轟く雷鳴。
深い藍色に沈む街を、ピカッと稲光が照らす。
かなり近いところに落ちたらしい。
遠くに落ちた時とは違う、鋭い破裂音に顔をしかめる。
……酷い雨だ。
光は後ろを振り返る。
そして当然のようにそこにいる幼馴染に声をかけた。
「零華、雨凄いけどどうする?」
どうする……というのはつまり。
「こんな雷の中帰らないといけないの……?」
顔色の悪い零華に鬼を見るような目で見られて、光は苦笑する。
「いや、帰れとは言わないし、今外に出られるのはこっちとしても心配だけどさ。」
時計に目をやる。
「もう夜も遅いから聞いておかないとって思って。」
短針は、夜の8時を示していた。
「もう8時だもんなあ。」
呟いて、再び窓の外に目をやる。
雨がひどくなり始めたのは夕方の5時くらいのことだった。
週終わりの土曜日で外に出る予定もなかったため、いつもは朝に確認する天気予報を見ていなかった。
それが悪かったのだろう。
降り出したときは、まだ早い時間帯だったため「雨が治まるのを待とうか」と話していたのだが。
「全然治まらないし。」
真っ暗な空を一筋のまばゆい稲光が切り裂く。
光はため息をついた。
さっき天気予報を見た感じ、雨はまだまだ降り続くようだ。
後ろを振り向く、と同時に雷鳴が轟く。
零華がビクッと耳に手をやるのを見て、光は困ったように頬をさすった。
頑張って隠そうとしているようなので何も言わないが、零華が雷を苦手にしているのは光も知っていて。
この雷雨の中一人で歩いて帰らせるわけにもいかないよな、と頭をかく。
かといってなぁ……。
ここまで遅い時間帯になると、1人で歩いて帰らせるのはまた別の意味で心配だ。
そうなると、もう光の家に泊まるしか無い訳で。
マジかよ、と眉間をつまむ。
光としては、できる限り避けたい選択肢だ。
もちろん寝る部屋は別々にするが、それにしても……。
光が考え込んだのを見て、何かを勘違いしたのか。
「やっぱり私帰るよ。うん。」
そう言っていそいそと帰る支度を始める零華を慌てて引き留める。
……”迷惑にならないように”とか考えてるのだろうが。
「いや、今帰らせるわけにはいかないよ。」
流石に「はいそうですか」と帰すわけにもいかず。
そう言う光に、零華がニコニコと笑みを向けた。
「別に雷くらいなんともないよ?」
作ったような笑みを貼り付けつつ、自分の言葉に何度も頷いている。
なわけあるか。
喉までこみあげてきた言葉を飲み込み、最後まで言わせてやろうと口を閉じる。
「家に帰るくらい余裕だ……しっ!?」
零華が言い終わる前に、一際大きい雷鳴が轟いた。
零華の声がひっくり返り、驚いたように目を見開いて数センチ飛び上がる。
う~ん。
なんというか。
わかりやすいというか。
……強がらなくていいのに。
思ったが、口には出さない。
やっぱり帰らせるわけにはいかないよなぁ。
雷におびえて縮こまる零華を見て、思う。
雷雨の中外を歩かせるのも、夜遅くに外を歩かせるのも気が引けるというものだ。
まあ、一晩くらいどうにかなるだろうし。
そう独り言ち、苦笑いする。
光の理性には確実にダメージが入るが、零華が危険な目に合う可能性と天秤にかければ安いものだ。
「今日は泊っていけば?俺としてもこの雨の中こんな遅い時間帯に帰らせるのは心配だし……。」
あくまでも”光が”心配だと強調して言ってみた。
「いや、だって……。」
なおもそういう零華。
「さすがに帰らせるわけにはいかないって。今日は泊っていきなよ。」
光は半ば遮るように言う。
こういう時の零華は割と頑固で、若干強引に引き止めないと本当に帰ろうとすることを光は知っていた。
だから、零華のプライドにも配慮しつつ、引き留めていたのだが。
なんかいつもより頑固じゃない……?
零華は口を尖らせている。
光は焦った。
もしかして。
もしかして、光の家で泊まるのが嫌で嫌で仕方がないから、断ろうとしていた、のだろうか。
”迷惑をかけたくない”という建前で光を拒否していたのだろうか。
雷が嫌いなのを隠そうとしているのは、引き留められたくないからだったり。
”勘違いしてるめんどくさい男”認定されたかもしれない。
割と本気で焦った光だったが。
「……笑われた……光に子供っぽいって思われた……。」
そんな光の気持ちを知ってか知らずか、気落ちしたようにつぶやく零華。
唐突なその言葉に、一瞬きょとんとして。
言われた言葉を理解して、吹き出しかける。
こみあげてきた笑いを慌てて噛み殺すが、自分の口元がひくひくと動くのがわかる。
いや、だって。
零華が雷におびえているときにジャストタイミングで苦笑したのは光が悪かったとは思うが。
”子供っぽいと思われた”と拗ねる姿がすでに子供っぽくて。
口に出したら絶対怒られるし、言わないけど。
今更かよ。
そう思ってしまって、光は顔をそむけた。
自分の口が弧を描くのがわかる。
ホッとした、面白い、可愛い……そんな感情が襲ってきて、笑みを抑えられない。
手で口元を隠して、天井を眺めた。
我ながら気持ち悪い顔してると思う。
でも、口角が下りてくれない。
「やっぱり笑ってる……。」
拗ねたように言う零華。
余計に上がる口角。
……だめだなあ、と心の中でつぶやく。
ちらりと零華を見ると、怒ったようににらまれるが全然怖くない。
若干頬が赤い零華はとても、……可愛くて。
上がり切った口角はしばらく戻ってくれなさそうだった。
ーーーーーー
【あとがき】
年頃の男女が二人きり……なにもおこらないはずは……あるかもしれない……
まあ付き合ってないから当然なんですけどね……。これで付き合ってないとか末恐ろしすぎる……。
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