第2話 完璧美人との日常 (後編)
榎下零華。
光――相沢光の幼馴染である。
運動神経は抜群で、スタイルも良い(本人は凹凸が控えめなところを気にしているようだが)。
帰宅部ではあるが、これは勧誘をすべて断っているからに過ぎない。
それに加えて頭もかなり良い。
学年トップとまではいかないながら、かなり優秀な成績をキープしていたはずだ。
性格は明るく優しく、顔立ちは非常に整っている。
「まさに完璧美人って感じだよな」
クラスメイト達が口々に言っている言葉を思い出して、しかし光は複雑そうに眉を寄せた。
零華は運動神経がいい。これは間違いない。
勉強ができる。これも間違いない。
性格も良くて、スタイルも良くて、……可愛い。
これも、間違いのないことだ。
けれど。
「完璧美人」
そのあだ名が零華を縛り付けている――光にはそんな風に見えてしまって。
「完璧美人」
そう呼ばれると零華は、きまって困ったように微笑んで。
そうして微笑む零華が、どうしても寂しそうに見えてしまって。
そのたびに少し胸が痛むのは、余計なお世話というやつだろうか。
零華は、もっと活発で元気な性格だったはずだ。
光や周りの人たちを沢山振り回して、そして笑顔にさせるような、そんな少女だったはずだ。
そう思ってしまうのは、光のエゴなのだろうか。
しかし、光にはどうも、零華が無理をしているように見えてしまって。
いつからだろうか。
……いや、いつからかは分かっている。
そんなことは分かり切っている。
あの時から。
あの時から、零華は……。
物思いに沈んでいた光は、気が付かなかった。
「んぅ~……。ひかるぅ……。あったかぁい……。」
零華が起きかけていることに。
直後、柔らかくて、暖かくて、甘い香りのする何かに頭が包まれて。
突然回想から引き戻されて、固まる光。
視界は何かに塞がれていて見えない。
数テンポ遅れて、零華に頭を抱きしめられていることに気が付いた。
なんだ、急に。
動揺する頭を働かせて考える。
光が暗い顔をしていたから元気づけようとしたのだろうか。
「マカロン……手作り……う~ん……」
意味の分からない寝言をつぶやく零華。
……単に寝ぼけているだけか。
いや、それはそれでまずい。
「れ、零華、起きて、よ。」
ささやかな抵抗と共に零華に声をかけるも、まだ半分寝ているようで。
――寝起きの零華は危険だから油断は禁物――。
そんなことを今更思い出して、光は慌てる。
寝起きの、まだ寝ぼけている零華はとにかく甘えん坊である。
仮にも思春期男子な光には危険なほどに。
実際今もかなりまずい状況で。
先ほど起伏が控えめとは言ったが、決して、無いわけではなくて。
こんな風に密着すると……。
頬に柔らかいものを感じて、光は自分の顔が耳まで真っ赤になっていることを自覚した。
光の頭を包む、零華の腕、そして身体。
柔らかくて、それでいてしなやかで。
人肌特有のぬくもりが心地良くて。
どこか安心してしまうような、それでいて頭の芯を溶かしてしまいそうな、そんな甘い香りに包まれて。
力が抜けてへたり込む光。
リラックスしているはずなのに自分の鼓動がうるさい。
零華の腕を引きはがすためにあげた手にも力は入らない。
いつまでもそうしていたい……そう思ってしまったからだろうか。
引きはがすどころか、光の両腕は零華の方へと伸びて。
零華の背中に腕を回して、そして零華の胸に顔をうずめ……たところで。
「ひかる……光!?えっ……あ、え!?」
零華が飛び起きた。
頭を包み込んでいたぬくもりが、突然消える。
ちょっとした喪失感をおぼえてしまった光は。
零華にねだるように両手をのばして。
ハッと正気に戻った。
飛びのいて、零華から離れる。
「っ……あ、いや。そ、その……。」
慌てて何か言い訳を探したものの、零華の様子をみて固まってしまう。
先ほどは本当に寝ぼけていたのだろう。
完全に起きた零華は、自分のしたことを思い出したのか。
それとも、光の行動に気が付いたのか。
身体に対して大き目のTシャツがずれて肩が露出しているが、それすら気づいていないらしい。
頬……どころか耳まで真っ赤で。
目にうっすらと、羞恥からくる涙が浮かんでおり。
目を見開いて口をパクパクと動かす零華はあまりにも……目に毒で。
光は目をそらす。
自分の頬が、零華に負けず劣らず真っ赤なのを感じる。
な、にをしようとしてたんだ俺は……!
欲望に負けて腕を伸ばした自分を、思わず罵るが頬の熱さは消えなくて。
口を開けば余計なことまで行ってしまいそうで。
真っ赤な二人の間を沈黙が流れる。
頬の熱さが消えない。
……穴があったら入りたい。
いや、穴を掘って自分を埋めたい。
……最悪だ。
心の中でつぶやき何か言おうとするが、言葉が出てこない。
先に沈黙を破ったのは零華だった。
「あの、その、……ごめん……。」
謝られると思っていなかった光はぱちぱちと瞬く。
そして慌てて口を開いたが、かすれた声が出てきて咳払いした。
「こ、こっちこそごめん。」
再びの沈黙。
零華が耐えかねたように目をそらす。
そして。
「あ、あれ?もう昼じゃん」
時計を見た零華が言ってようやく、起こしに来た理由を思い出した。
「あ、炒飯……。」
当たり前ながら、炒飯は冷めていて。
冷めた炒飯をレンジで温めなおしながら、羞恥と戦う光だった。
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