第17話 燃えるおっぱいの治療

 ジローと俺は洗濯物干しを手伝い、ルーロの後について、住処である洞窟に入った。


 洞窟の中は火が灯されていて明るい。人間の住む家のようにテーブルと椅子があり、床には毛皮が敷き詰められている。天井からは肉の塊が幾つもぶら下がっていた。


 食卓らしいテーブルに男が一人ついていた。褐色の肌をした金髪の男で、ルーロ同様獣の下半身と大きな翼を持っている。違うのは、雄牛のような角があることだ。雄のミノタウロスは、旅芸人のように華やかで整った顔立ちをしている。


「ハニー。珍しいのを連れているな」

「ええ、ダーリン。紹介するわ」


 ルーロは男の首に手を回し、軽く唇を合わせてからそう言った。美男美女のミノタウロス夫婦か。ダーリン、ハニーと呼び合って、仲の良いことで。


「この坊やはタイラー君。メディシアンっていう職業らしい。私のおっぱいを治療してくれるんですって。隣にいるわんちゃんはジロー」

「お前の胸を……?」


 男の眉がピクリと動く。


「と言うことはお前、妻の胸を見たのか?」


 眉をつり上げて勢い良く立ち上がる。その拍子にガタンと派手な音をたてて椅子が倒れた。俺は焦って手をワタワタと動かす。


 見たし触ったけど。見せたのはそっちからだし。それに……。


 俺は拳を握りしめ、床に敷かれた毛皮に片膝をつく。


「メディシアンのタイラーと申します。患部を拝見しましたし、触診もいたしました。診療に必要なことですから」


 男として女性の胸が好きか嫌いかといえば、好きに決まってるさ。だけど、治療対象の胸にいやらしい気持ちで接してなんかいない。


 ルーロが夫の肩に手を置いて子供を諭すようにいう。


「サニー、男の子みたいなこと言わないの。なかなか立派な心意気の坊やなのよ。この子に私の胸を託してみるわ。サニエルの命を救うには、それしか方法がないでしょう」


 旦那の唇がへの字に歪む。


「ルーロがそう言うんなら、試してやる。けどな、愛する妻の胸を触っておいてなんにもできなかったら、お前もその犬公もここに並べてやるからな!」


 勢いよく、天井からつるされた肉片を指差す。俺は一瞬首を竦め、ジローを見た。ジローも同じような格好で、くうんと鼻を鳴らし耳を下げる。やっぱ人間食うんだ、こいつら。


 ルーロが高らかに笑い、サニーの背中をバンバンと叩く。


「脅かすんじゃないわよ。人間の肉なんて不味いし大して食うとこないしさ、さばく手間が勿体ないわ」

「脳みそとはらわたは中々の珍味だぜ?」

「脳みそとはらわただけでしょ。他の所は出汁とりにもならないわよ」

「まぁなぁ……」


 ポリポリと頭を掻くサニー。さばくとか出汁とりとか、そんな事言うのやめて欲しい。背中に汗が滲んできた。


 俺は咳払いをし、鞄からプルーロを取り出した。とにかく治療を成功させればいいんだろ。


 左の手の平にずっしりとした重みを与える、美しい金色の球体。ジュールでこの果実のポテンシャルを最大限に引き出すんだ。


 右手をかざして目を閉じる。果実の内側に意識を移していく。果実を構成する小さな粒を震わせていくんだ。


 プルーロが熱を持ち、まばゆい光を発し始める。俺の身体も熱を帯びてくる。


 トメリの時より格段にジュールの精度が上がっている。回を重ねるほど力の使い方が鍛錬されるのは、剣術も医術も同じなんだな。俺はかつてないほど対象と意識を合わせ、一体化していった。


 完成形だ。黄金に輝くプルーロを見て、俺は確信する。


 果実の頂点をつまみ、皮を剥いていく。皮はするりとなめらかに剥け、中から白く半透明の果肉が現われた。


「皿と汁物を入れる器を下さい」

「わ、わかった」


 ゴクリとルーロの喉が鳴った。テーブルに木で出来た皿とスープを入れるような椀が置かれる。その白い手が、小さく震えていた。


 金色の皮を皿に入れ、果肉を器に置く。果肉の上に両手を置き圧を掛けると、果肉は呆気なく溶けて白濁した液体に変わった。


「皮は患部に貼り付けてください。そして、この果汁を一気に飲み干してください」

「え、ええ」


 ルーロは皿を手にして、俺に背中を向けた。


「俺が貼ってやる」


 サニーがルーロの前に立ち、神妙な顔つきで金色の皮を手に取る。ルーロは両手で服の前立てを両側に開き、夫に全てを委ねた。


 しばらくして、サニーが衣服の紐を結び整えた。


「ひんやりして気持ちが良いわ」


 こちらを向いたルーロが目を細める。


「全ての効力が患部に浸透したら、皮は干からびて自然に剥がれ落ちます。それまで触らないでください。では、今度は内側から火事を鎮めましょう」


 ルーロは頷き、椀を抱えると一気に中身を飲み干した。金色の光がルーロの口元に生まれ、喉を通り胸に広がっていく。


「冷たい……」


 ルーロが胸に手を置いた。


「燃えさかる火に水を掛けているみたいな感覚が、ここにあるわ」


 俺は頷きを返した。


「身体の中で、まさにそんなことが起こっています。火事を消し、つまりを取り除いて乳の管の流れを改善しているところです」

「ふーん。大したものね……」


 感心したようにルーロは呟く。サニーはまだ、半信半疑という様子で俺を睨んでいる。

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