第7話 イデア王女

 ヨザクラ城の最上階、王の間には一人の美しい女性が祈っていた。名はイデア。年はまだ18歳。母親が王女の座を引退し、引き継いでまだ1年も経っていない。


「お母上様。どうかわたくしにご加護をください」


 手を合わせた。全身から魔術とはまた違う。不思議な力が溢れてイデアを包み込む。

 輪廻復元メテンレクシオン

 それはヨザクラ城に伝わる死者へ救済を求める神術。

 きらりとイデアの胸元のペンダントが青く光った。青い光はイデアの目の前で人の型を形成していく。その人物が誰なのかは事前に分かっていた。


「お母上様…!」


 イデアのお母上は去年、不治の病で倒れて亡くなっていた。だが一族に伝わる神術のおかげで、天国からわずかな時間だけ呼び出すことができる。

 天国はこの世を見渡すことができる場所。そのため、ヨザクラ王国の不穏な動きを天から見ることができた。


「イデア、元気にしてた?」

「うん。もちろん。でも桜祭りが今度あって、わたし王女になってから初めてのイベントごとだから大丈夫かな、うまくいくかなって、すごく不安なの」

「桜祭りのことなら大文官グロースが指揮をとってくれてるでしょ。グロースには私が生前に色々と打ち合わせしたから安心してね。それにメイドのカレンにも引き続きあなたをサポートするように言ってあるわ」

「ありがとう! 確かにグロースが未熟な、わたしを助けてくれるわ。カレンもそうね」

「でも一つ懸念事項があるわね」


 お母上はそう言って腕組みをして声を曇らせた。


「えっなに?」

「悪い魔族が国に侵入した。上手く紛れ込んだ見たいね。天国から見てる限り城壁を越えてからてから行方が分からなくなったわ」

「悪い魔族…魔王軍かしら」

「多分そうね。イデア、わたしはそろそろ時間の限界…。職業:スパイを雇いなさい。今…は…それしか…伝え…られ…ない…………」


 お母上様の身体が崩れていく。輪廻復元メテンレクシオンの限界だ。ダイヤペンダントの光雑が薄まっていく。お母上の身体が完全に無くなった時、同時に光も完全に消えた。

 イデアは再び両手を組んで祈った。これは神術とは関係がない。ただただお母上が無事に天国に帰りますようにと、娘からの切実な願いだった。


「職業:スパイか」


 王の間には本がぎっしり詰まった本棚が並べられている。

 イデアは一つの本を取り出した。表紙に職業図鑑と書かれている。パラパラとめくると、そこにはこの世界に存在する職業が書かれていた。

 イデアは職業:スパイのページを見つけた。そこにある情報をじっと見つめる。

 

 その時、ノックの音が聞こえた。


「入って」

「失礼します。紅茶をお持ちいたしました」

「ありがとうカレン」


 カレンは職業:メイドらしく、可愛げなスカートとふりふりのフリルがついたメイド服を着ていた。

 カレンは紅茶をテーブルに置く。すぐにイデアが手に持っている職業図鑑に注目した。


「誰をお探しですか?」


 カレンが聞いた。


「これよ!」


 イデアはカレンにそう言ってカレンに職業図鑑の見開きページを差し出した。

 カレンはじっとそのページの中身を見た。そこには絵による職業人の例と、その説明が書かれていた。


「これは……職業:スパイですね。まさか、スパイをお探しなのですか?」

「そうよ。さっきお母上様をお呼びして、ヨザクラ王国の様子を聞いたの。そしたら、国内に何物かが侵入しているらしいの。そんな時は職業:スパイが居れば見つけてくれるって言ってたわ」

「うーん、難しいですね。職業:スパイは一億人に一人の才能。ヨザクラ王国が本気で探しても探し出すのは時間を要します」


 カレンは顎に手を当てて考えながら言った。


「構わないわよカレン。わたしも協力する。ヨザクラ王国に専属のスパイが欲しいわ」


 カレンはそう言って窓の外を見た。

 そこはちょうど騎士団の訓練場になっている。ヨザクラ王国を守るための魔族と人間の混合騎士団だった。

 ヨザクラ王国は元々魔族と仲が良い。

 魔族には、良い魔族と悪い魔族がいる。悪い魔族は魔王軍に所属する魔族のことで、人間に協力する魔族のことを善魔族はと呼んでいる。

 訓練場では騎士団を率いる善魔族で上級魔族のピティエがなにやら指示を飛ばしていた。

 混合騎士団はその名の通り、人間と魔族が入り混じっている騎士団だ。特に魔族側の顔の把握はピティエに任せていた。

 お母上様はピティエを世界一信頼できる魔族だと言っていたが、果たしてどうだか。

 少なくともイデアは混合騎士団の魔族が怪しいと睨んでいた。魔族は基本的に生まれた時から魔術が遺伝情報として刻み込まれているらしい。だから、どの魔族でも魔術が使える。

 イデアは不安を押し殺すため、ダイヤペンダントを強く握った。

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