勇者のスパイ
浮世ばなれ
始まりのスミレ町
第1話 スパイのライダー
疑問を持ったことはないだろうか。勇者が旅をしていると、少女が魔族が町を荒らして困っていると訪ねてくる。勇者がたどり着くと、魔族がまさに田畑を荒らしている。勇者が魔族を倒すとご褒美に珍しい宝をもらえる。
そんなごく普通のことは普通は起こらない。
その町には今までと何百、何千という勇者御一行や、旅人、商人がやって来ているはずだ。でも彼らにはそのイベントは起こらず、ブレイド率いる勇者パーティが訪れた時にだけイベントが起こる。それも町の未来を揺るがすようなビッグイベントが、タイミングよく魔法のように降って湧いてくる。
まさか、誰かが仕組んでいるのだろうか。
一体誰が。
その答えを知る人物は今、まさに息を潜めていた。真っ暗な天井裏。小指程度開いた穴から下を覗き込み、様子を伺ってた。
名はライダー・アジュール。
ライダーは闇が似合う。
まさに金塊を魔族に手渡そうとしているモデストも、彼が天井で覗き見しているとは思ってもいないだろう。
「これで、全部か?」
魔族の女が言った。
魔族は頭についたツノがあるかないかで男女を見分けれる。ツノがないのは女だった。
「ええ、ええ、そうでございますとも。今年は度重なる天災の影響もあり、商売のほうはイマイチでして…」
「おい、モデスト。お前たちの町はわっち達魔族様の気まぐれによって守られているに過ぎないのだぞ。分かっているのか?」
「もっ…もちろんですともニコール様! なんなら、畑の食物を6割捧げましょう。それで勘弁してくださいませ…」
「ダメだ。8割だ。それで割を合わそう」
ニコールと呼ばれた魔族はそう言って上目坂にモデストを見た。
「じゃあ、約束ね。はい、手を出して」
「は、はい! 喜んで!」
ニコールはなにやら魔力を込めている。
するとモデストの差し出した右手の甲になにやら紋章が浮かび上がった。
それは、何かの結界の紋章だった。
あれは……。
ライダーは見たことがあった。
ウィンクルム契約だ。
ウィンクルム契約と言う魔術は、上級魔術だ。その魔術が生まれたのは、はるか昔。王がしばらくの別れとなる彼女に、他の男と遊ばないようにと言う約束から生まれた魔術。
そう言う言い伝えがあった。
下級魔族がウィンクルム契約のような上級魔術を使うのは妙だ。魔王軍の可能性がある。
ライダーは暗闇の中で推理していた。
ライダーは元々暗闇が好きだ。闇に紛れると落ち着くし、頭の回転も良くなる気がする。
「じゃあ、これは貰っていく」
ニコールはそういって、金塊を持ち上げた。モデストは不作な年だといったが、この量の金塊があれば、馬車を数台は買える。
「食料は、明日スミレ山から手下どもを連れて貰いに行く。じゃあな」
ニコールが部屋から出ていく。しーんとした部屋でモデストが、ぶるぶると身体を震わせている。
覗き穴から離れた。
暗闇の中でもライダーは目が効く。
すぐに屋根の一部を剥がして外に出た。
曇り空が少し眩しく感じる。目的は分かっている。ニコールを追う。
「
ライダーの姿が鷹に変わる。
空に羽ばたくその姿に、まさか人だとは誰も思わない。
「
鷹の目が光った。ライダーの周囲360度、半径500メートルまでの対象の場所を探せる魔術。
ニコールの姿はすぐに見つかった。鷹となったライダーはあえて近づかず、気づかれないレベルの距離で尾行する。
この世界では、魔族は決して討伐対象と言うわけではない。歴史を探れば、魔族は人類の歴史を大いに助けて来たのだ。
それでも、スミレ町では、誰もがニコールを恐れ、顔を合わせることはない。それどころかひれ伏すものまでいる。
完全に町は魔族に落ちているのか。
ライダーがそう考えている内に、ニコールはスミレ町を出た。一本道は徐々に険しくなっていく。
ニコールは向かいの山に向かっているようだ。
おや…?
ライダーは妙なことに気づいた。
ニコールが奇妙にもジグザグに歩いて進んでいるからだ。
「
今度は、罠の可能性を探る。
思ったとおりだ。あちらこちらに落とし穴や、トラップが仕掛けられており、ニコールはそれらを避けて山に向かっている。
やがてニコールは看板が建てられた山の麓にたどり着いた。そこから先は洞窟になっていて中は見えない。だが、魔族の住処で確定だ。
ニコールが向かっている山の名前も判明した。麓にある看板を目を凝らしてみると、スミレ山と書かれていた。
ここまでだな。
鷹のライダーは心の中でそう呟いて戻っていった。スミレ町の手前で鷹から人間の姿に戻る。
誰にも見られないよう、茂みの中に入った。大きな木の根本をよじ登り、枝の一つにもたれかかるように座る。
「
ライダーが唱えると自分の手のひらに白紙の紙が一枚現れた。その紙を指でなぞる。すると、えんぴつもないのになぞった所から字が現れた。
30分ほどで罠の場所とスミレ山の位置を書き示し地図を作った。
あとは…。
物語にはきっかけが必要だ。
それを作るのもまた、ライダーの仕事だった。
「
頭に白いスカーフを巻き、手には水晶玉。
職業、占い師への変装だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます